捧げ物 | ナノ
しん、と静かな本丸の中。聞こえてくる啜り泣きは短刀達のもので、それを優しくなだめる兄弟刀達の声も微かに聞こえてきた。誰もがこの事実を受け止めきれず、ある刀は困惑し、ある刀は「嘘だ」と言い続け、ある刀は静かに涙を流し、ある刀は思い出を振り返るように縁側に座っている。
自室の布団にその身を横たえる君の顔には白い布がかけられていて、その表情を伺う事はできない。だけど、それをかけたのは俺自身なので知っている。まるで今にも目を覚まして、いつものように「おはよう」と寝ぼけた声を出してくれそうな程に、君は安らかな顔をしている事を。
どの刀にも優しく接し、贔屓なしの扱いをしてくれた。神様というのも気にしつつ、それでも積極的に俺たちに関わり、俺たちが楽しく本丸で暮らせるようにと気を配ってくれた。だからこそ、どの刀も君が好きで、君を慕った。
君の為ならばどんなことでもすると心から思い、自分の腕を日々鍛えていた。時々やりすぎてしまった時は、大人しく正座をして怒る君の声を聞きながら項垂れた事もあった。それでも、そんな日々の一つ一つが俺たちにとっては大切な思い出で、どれも忘れることなんてできないものばかりである事には変わりがない。


「人の命には…どうして限りがあるんだろうな」


ぽつり、と零れたのはそんな言葉だった。俺たち刀には寿命というものがない。折れたり、焼けたりしてその命が終わることがあっても、それ以外は永遠と言っていいほどに果てがない。多くの人の手を渡り歩き、多くの時代を見て、多くのモノを見てきた。時代の流れ、人の移り変わり、文化の変化。そんな目まぐるしく変わっていく流れを、俺たちはずっと見てきた。そして最後にたどり着いたのは君の手元。
ちりん、と心地よい風鈴のような音に呼ばれて瞳を開けば、少し驚いた顔をした君と、近侍を務めていた蛍丸の姿があった。ずしり、と感じる重力にふらつきながらもしっかりと二本の足で立ち、自然と動いた口から紡がれた言葉は「鶴丸国永」という己の名前。初めて得た人の姿と自分の意志。最初は戸惑う事が多かったが、それも次第に慣れていき、最後は自分のしたいように動いて、君や他の刀を驚かすことに楽しみを得たりしていた。だが、それももうできないと感じると、胸に風穴が空いたように感じる。喪失感、人はその感覚にそんな名前を付けていたような気がする。実際に穴が開いたわけでもないのに、どこか自分の意識が此処にないような感覚。君がいなくなってしまった事で新しく覚えた感覚は、お世辞にもいいものとは言えない。むしろ、こんなものなどずっと覚えたくなかったとさえ感じた。


「此処にいたのか、鶴丸国永」


君ではない声が俺の背中にかけられた。黒、と名乗ったその男か女かわからない黒い着物を着ている人間は政府の人間らしい。此処の本丸を担当している黒は君が生きている間にも何度か顔を出して、現状の確認などをしていた。その時、君の傍で話を聞くことが一番多かったのは俺なので、それなりの関係ができている。
隣に座る黒へと一度視線を向けてから、再度君へと視線を向けた。


「なぁ、どうして人の命には限りがあるんだ」


ぽつりと零れ落ちたのは、一人でこの部屋に居た時に零したのと同じ疑問。どうして人には…審神者には命に限りがある。霊力を持つ人間なのだから、寿命を伸ばすことだって出来ないわけではないだろう。人の道を外れてしまうとしても、様々な人間がやるよりは一人の人間がずっと続けたほうが管理も楽だろうに。


「その時その時を、大切に過ごすためだよ…」


黒はそう言った。しかし、その意味がわからない俺は首を傾げた。その一時を大切に過ごすのは、寿命がなくなってもできるだろう。わざわざ終わりを作ってまで実感する事ではない。
そんな俺の様子を見て、黒は覆面に隠れていない口元の口角を少しだけ上げて、ゆっくりと唇を開いた。


「自分の時間に限りがあることを知っていれば、その間にできる限りの事をしたいと思うし、自分が生きた証を残したいと考えるだろう?でも、限りがなければそんな事考えずになんの努力もしなくなる。…まぁ、鶴丸が分かるように言うなら、限りがあったほうが日々の刺激があっていいという事だよ」
「自分が生きた証…」
「そう。例えば、刀達と積極的に接する事で、彼らの中に自分という人間がいたという事を刻む、とかね」
「……っ!」


思わず黒へと顔を向けると、黒はなんの返事もしないままだったが、微かに頷いた。黒は多分知っていたのだろう。目の前で眠る君の命が、普通の人間よりも少ないという事を。そして、君はそれを自分でも分かっていた。分かっていたから、せめて自分がいたという事を残そうと、俺たちと積極的に関わりを持ち、精一杯の愛情も注いでくれた。それが、自分が生きた証になると君は思ったから。


「やっぱり、人間は身勝手な生き物だな」


自分の事を一番に考え、他を振り回す。それは俺たちが大好きだと慕っていた、君も変わらなかった。それでも、何故か俺の目からはぽろぽろと塩辛い水が零れ落ちていく。
身勝手で、自分勝手な君の想いと行動。それでも、それに俺たちは救われ、癒しをもらい、日々を楽しく過ごす事ができた。君の狙い通り、俺たちは君の事をしっかりと心に刻んでいて、暫く忘れる事はできやしないだろう。
君のいた執務室の前を通る時、縁側に座っている時、君が好きだと言っていた草木の世話をする時、顔を舐められて悲鳴を上げていた馬の世話をしている時。ふと、君の姿や声が思いだされて、俺たちはその度に懐かしさと少しの寂しさで目から水を零すのだろう。
死んでも尚俺たちを驚かしてくれるなんて、君は俺以上に他人を驚かすセンスがある。もう声をかけても君からの返事は返ってくる事はないだろう。少し得意げに笑ってくれることもないだろう。それでも、俺は君の手を取って目から水を流しながら言う。嗚咽で掠れ、聞きずらいところもあるかもしれないが、喉を震わせ、唇を動かして言葉を紡ぐ。


「俺は…俺たちは…君の事が大好きだった。君の事は忘れない…だから、ゆっくりと眠ってくれ」




驚きが好きな君へ、最後のサプライズを


190721 執筆

木犀様へ捧げます

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