捧げ物 | ナノ
「新年だねー」
「新年だなー」
「新年ですわー」
「というか主、新年ってなに?」
「その意味を知らずに新年って言っていたんだね」


 うん、と合わせたかのように頷く三本の刀に思わずため息が漏れる。とかいっても、まぁ確かに目の前で休むことなく映像を映し続けるテレビでこうも「新年、新年」という言葉が繰り返されれば使いたくもなるのだろう。
 暖かなこたつに納まる三人を見つつ、私は何個目かもう分からないみかんへと手を伸ばした。こたつの上にはみかんとお茶、そして手を拭くためのティッシュにテレビのリモコン。手の届く範囲にはゴミ箱やお菓子の袋、少し頭を預けるためのクッション。まさにコックピット状態とはこのことかもしれない。
 最初はみかんとお茶しかなかったこたつの上は、これもほしい、あれも必要だ、と思い、それぞれが持ってきた代物であれよあれよという間にこんな状態になった。


「新年っていうのは読んで字のごとく新しい年って意味だよ」
「新しい年になるといい事でもあるの?」
「いいこと、か…」


 そんな事考えたことなかったため返答に困る。現世では1日、1月、1年と決まりがあって、その中で一番長い1年は月で言えば12か月、日数では365日ある。そして、それが終わると新しい年がやってくる。私が持っているのはそれくらいの知識だ。良い事ねぇ…とぶつぶつ言いながらも手元のみかんの皮を剥く手はとまらない。


「気分を一転して、頑張るぞーって意気込めることとか…」
「おぉ!いいなそれ!気合いれるみたいな感じか!!」


 唸りつつ出した答えに予想以上に食い付いたのは国俊だった。まぁ、そういう熱い事や祭事が大好きな彼なので当たり前といえば当たり前だが。


「そうそう、そういういい事ができる」
「自分、そういうのならば古い年にずっと居座っていたいですわー」
「国行は新しくても古くてもあまり関係ないもんね」


 最近購入したもちもちのクッションに頭を乗せて寝転がっている明石を蛍丸がつっつく。うー、とか言いつつも払いのけないのは流石蛍丸が好きな刀といったところか。


「まぁ、そう言う私も特にそう言うの気にしない方の人間だけどね」


 剥き終わったみかんを一つ一つ口へと運びながら昔の自分へと思考を飛ばす。幼いころは新年が訪れるたびに振る舞われる豪華な食事や親や親せきからもらえるお年玉、友達との年賀状交換などに胸をふくらましていたが、今はそんな事で気分が高ぶる歳でもない。むしろ、「年よ明けるな…頼むから明けるな!お願い!300円あげるから!」とどこかの銀髪主人公の台詞を叫んでいた方の人間である。


「そうなの?」
「そうだよー…この歳になると年が明けるたびに今後の事を考えて逆に気分が沈むんだよ」


 起きて、食べて、作業して、休んで、作業して、食べて、寝る。そんな決められた作業を延々と繰り返す。それは年が明けようが関係ない。決して崩れることがない流れ。それがまた始まるのか、とそんな事を考えていた。


「少なくとも、現世ではそうだったよ…」


 最後の一切れになったみかんを口へと入れ、ぺとり、と机に頬をくっつければ暖まった体にとっては丁度いい冷たさが頬を包む。ふぅ、と小さく息を吐いてみかんを咀嚼してまた一息。


「じゃぁ、今はどう?」


 いつの間にか隣に移動した蛍丸は私の行動を真似するようにして机に頬をつけたまま問う。くりくりとした翡翠の瞳にはぼんやりとした瞳で彼を見返す私がうつっていた。


「そうだなぁ…」


 ここにきて丁度一年。初期刀から始まって、薙刀、大太刀、太刀、打刀、脇差、短刀、槍。様々な刀の神様と出会って言葉を交わした。最初は慣れなかった作業もいつしか手慣れたものとなって、彼らと共にいろんな時代を巡って行った。
 それは、今まで決まった流れで生きてきた私にとっては大変な事だったけれど。また元の流れに戻りたい、そういう思いは一切なかったことは確かだ。


「少なくとも、今まで過ごしてきた1年の中では、一番充実した1年だったよ」


 元の流れに戻りたいと思わなかった、つまりは充実していたということだろう。どこか不安げに揺れていた翡翠の瞳を見つめ返し、そっと手を伸ばしてさらさらの銀髪を撫でれば、蛍丸は嬉しそうに三日月に細めた。それを見ていた国俊も、もそもそと近くに移動してきたので頭を撫でてやれば嬉しそうにすり寄ってくる。なんだ、来派は天使しかいないのか。


「俺等にとってもそうだよな。主さんに出会って、いろんなことをして、すっげー充実した1年だった」
「ま、少なくとも刀の状態で川辺に寝ているよりは居心地ええですもんな」
「国行は来るのが遅かったけどね」
「そうだぜ、俺等がどんだけ京都廻ったと思ってるんだよ」
「そこは堪忍してや…」


 うぐっと明石が寝ている方面から声が上がる。どうやら二振りのどちらかにこたつの中で蹴られたらしい。まぁ、確かにもう嫌だと思うくらいには彼の為に京都を回ったのは確かなので止めはしない。むしろ、私も蹴りたいくらいなのだから。


「来年も、こうやってのんびり迎えられたらいいんだけどね…いっそどこかの神社にでもいってお願いしてこようかな」


 戦って、遊んで、仲間が増えて。そうやってゆっくりと一日一日を大切に過ごしていきたい。けれど1年というのは長いようで短い。もしかしたらその間に私に何かがあるかもしれないし、逆に彼らに何かがあるかもしれない。保証もない、未来の事を不用意に願ってはいけないとは思っている。けれど、やはりこの暖かな空間に少しでも長くいたいというのが私の本音だ。


「大丈夫だよ、主」


 ぽんと、不意に頭の乗るのは小さな手。その手の持ち主の方に視線を向ければ、優しげな表情が浮かんでいた。


「神社なんかにいかなくても、主のその願いは叶うよ」
「どうして?」
「だって神様の俺達がこうやって直に聞いてるんだもん」


 社越しではなく、実際に出会って面と向かってその願いを、言葉を聞いている。だから安心していいと、蛍丸は笑う。


「そうだぜ?俺達はこれでも神様の端くれだからな」
「まぁ、そこは安心してええと思いまっせ」


 蛍丸の言葉に同意するように続く二人の言葉。一瞬ぽかんとしてしまったが、その言葉はゆっくりと胸にしみわたる。
 あぁ、そうだ。彼らは付喪神。神と名前がつく存在だ。ずっと一緒にいてそこまで意識をしていなかったけれど、神様としての力を彼らはしっかりと持っている。
 だからこそ、こんなにもはっきりと言えるのだ。その願いは叶う、その願いは神様である自分たちが叶える、と。


「ありがとう」


 自然と零れ落ちた言葉に、三人の神様は優しく微笑んだ。




3振りの神様


160127 執筆

さくま様へ捧げます

[ 9/10 ]

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