スイセンの末路 | ナノ
どれくらい意識を飛ばしていたのだろう。ふと目を覚ますと天井が見えた。


「あれ…私…」


ゆっくりと体を起し、軽く頭を振って朦朧としていた意識を覚醒させる。
あの時私は確かに加州清光によって心臓を刺されたはずだ。その時の感触はまだしっかりと覚えている。背後から来た衝撃と痛み、そして、目の前で楽しげに瞳を細める三日月宗近。ゆっくりと背後から回されてきた手と、耳元で囁かれた声は夢ではないはずだ。
しかし、だとすればどうして私は生きているんだろう。ふと、手を刺された胸元に持っていって触ってみると何か違和感のようなものを感じ、そっと着物の胸元を見て私は息をのんだ。
そこには、しっかりと刀傷が残っていた。けれど、その傷はもう塞がっていて、跡が残っているだけの状態となっている。


「なに…これ」


震える唇から零れた言葉。軽く着物を直して周りを見回す。そこは、本丸だった。けれど、なぜか私以外に人の気配がしない。
ぐらぐらと揺れる思考、震える体を必死に抑えて障子を開ける。見えたのは、前に過ごしていた本丸からも見ていた中庭の光景。けれど、いつも晴れていた空は霧で包まれ、暖かな日差しを降り注いでいた太陽はぼんやりとしか見えない。
中庭も霧が立ち込め、木々や池がぼんやりと見えるくらいだ。此処は私がいた本丸じゃない。ならば、此処はどこなのだろう。


「三日月!鶴丸!」


必死に刀の名前を呼んでも返事はない。しん…と静まり返った本丸は身震いするほどに恐ろしい。ここはこんなにも恐ろしいところだったろうか。あんなにも求めていたモノが今になってとても恐ろしいモノに感じられてくる。私は、こんなに恐ろしいものを求めていたのだろうか。


「あ、起きたんだ、主」


静まり返っていた空気を壊すように背後からかけられた声。恐る恐る振り返れば、そこにいるのはいつもの格好の加州清光だった。


「き、清光…」
「ずっと眠っていたから心配してたんだよ?もしかして失敗しちゃったのかと思って」


でも、成功したみたいでよかった、と明るく話して彼は私に近づいてくる。思わず数歩後ずさってしまったのは彼の腰にある刀を見たからだろう。彼は、その腰に差している獲物で私の胸を貫いたのだから。


「大丈夫。もうあんなことはしないよ。だから安心して」


怯える私に気が付いたのか、加州清光は優しげな声色で話す。一歩、一歩、ゆっくりと近づく足音に私達の距離は縮んでいく。
かつん、と足音がして目の前には笑顔を浮かべた加州清光が立つ。


「清光、ここは一体…」
「あ、そっか。主にはまだ言ってなかったね。ここは、俺の神域だよ」
「神域…?」
「そう、まぁ、簡単に言ったら俺の世界、みたいなものかな。だから、他の刀はいない。此処にいるのは俺と主だけだよ」


そっと伸ばされた手が私の頬を撫でる。人間よりも少しだけ冷たいその手は、彼らが刀という事を物語る。じっと私を映す瞳はぎらぎらと輝き、まるで獲物を狙う獣のよう。
加州清光の世界、神域、彼から渡された答えの言葉がぐるぐると頭の中を回る。


「神域…じゃぁ、私は…」
「主は一度俺に刺されて生死の境を彷徨った。その抜けた生命の部分に俺達の力を…神力入れて、主を俺の世界に連れてきたんだよ」


――これで、主は俺だけのもの。他の誰のモノでもない、俺だけのものになった。

うっとりとした表情で彼の唇が紡いだ言葉にざっと体の血が引いていく。つまり、私は彼の力を入れられて彼の眷属になった。もう、私は人間でもない、彼なしでは生きることもできない存在となったのだ。


「いや…いやよ…私は、そんなものになりたいなんて一度も…っ」


私が求めていたのは私だけの本丸であり、私を愛してくれる刀達がいる本丸。しかし、これでは逆だ。これは、私が求めた結末じゃない。
耐え切れずに体が震え、膝から力が抜けて私はその場に座り込んだ。


「違う…こんなの、私が求めていたモノじゃ…っ」
「そんなの、関係ないよ」


間近で聞こえてきた声に思わず顔を上げる。目線を合わせるようにその場にしゃがみ込んんだ加州清光の赤い瞳と私の視線が交わった。


「だって、主は俺と約束してくれた。俺を一番愛してくれるって。でも、あそこじゃ俺は主に一番愛してもらえない。主の愛が他の奴等に向いてしまうから。だから、主をここに連れてきたんだよ」


それは幼子に言い聞かせるようなゆっくりとした口調だった。宥めるように頭に置かれた手が優しく優しく私の髪を撫でる。それでも今はそのすべてが私にとっては恐ろしいものでしかない。


「これで、主はずっと俺の事を一番愛してくれるよね?だってあの時、主は俺と約束してくれたんだから」


にっこりと笑う加州清光。その笑顔で私は悟った。
もう、この世界から出ることはできない、彼の世界から逃げることはできないんだと。
彼と約束を交わしたあの時から、私は彼に捕まってしまったんだと。全ては、私自身が招いたことで、私の自惚れと迂闊さが招いてしまったことだ。

頭を撫でていた手が背中に回されて私は彼に抱きしめられた。大切そうに、愛しそうに私の体を抱きしめる加州清光は心の底から嬉しそうに笑って言う。


「主、これからはずっと一緒だよ」


151223 執筆
160312 編集


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