スイセンの末路 | ナノ
「はじめまして、私が此処の本丸を受け持っている審神者です」
「はじめまして、見習い審神者のなまえといいます。どうぞ宜しくお願い致します」


目の前で優し気に微笑む女性。お互いに挨拶を交わして軽く会釈する。
彼女の隣には三日月宗近、私の隣には加州清光がそれぞれ立っていて、お互いの主の会話をじっと聞いていた。
私が研修で訪れた本丸の審神者は、見習いを受け持つのは今回が初めてらしい。年齢は私とほぼ同じで、審神者になった経緯も私の時と同じように政府から力がると告げられてここに来たそうだ。本丸の説明や仕事の説明をしながら前を歩く彼女は「友達ができたみたいで本当に嬉しいです」と笑った。
そんな彼女に返事をしつつ、私の視線はずっと彼女の隣にいる三日月宗近に向けられていた。それもそうだ。あの噂の天下五剣の中で一番美しいと言われる刀であり、顕現させるのも難しいと言われている三日月宗近がこんなにも近くにいる。これで見るなという方が難しい。先に渡されていた刀帳で姿は見ていたが、実物を見たのは今回が初めて。まだ声は聞いていないが、姿だけで美しいのだ、声も素敵に違いない。
あぁ、早く私も彼が欲しい。ぞくぞくとした震えと名前の付けられない感情が、じわりじわりとお腹の底から這いあがってくる。欲しい、彼が欲しい、そう何度も考えてしまう。


「そう言えば、なまえさんは初期刀が加州君なんですね、実は私も同じなんですよ」


不意に前を向いていた彼女が私へと振り返る。


「え、あ、そうなんですね」
「はい、ですからとっても親近感が湧いてしまって。よければ、本丸を持たれた後もお話ししませんか?私、あまり審神者仲間というか、御話をする人がいなくて」
「私でよければ、喜んで」
「本当ですか!有難うございます!」


はしゃぐ彼女は嬉しげに私の手を握る。私とあまり大差のない女性の手。けれど、肌の手入れはあまりしていないらしい。よくよく見ると、ところどころ傷やささくれがある。こんな人間があの天下五剣を所持していると思うと、先ほどの感情とは違う、黒い感情が湧きあがる。
どうして、こんな人間が三日月宗近を所持しているんだろう。私の方が美しい、きっと技術や知識だって私の方が上だ。違いがあるとすれば、少し審神者になるのが早いか、遅いか、それだけの事だ。それだけの差なのに、彼女は私が持っていない物を持っている。
適当に相槌を打ちながら今本丸に来ている刀の情報をそれとなく聞いてみれば、彼女は嬉しげに今確認されているすべての刀が揃っていると話した。それを聞いた瞬間、巫女服の袖で隠れている手に力が入る。どうして、彼女がそんなものを持っている。確かに、私はまだ見習い。彼女は一つの本丸を管理する審神者。時間や経験の差があるのは当たり前の事。だけど、私はそれでも許せない。自分よりも優れていない人間が、私が欲するものを持っているということが。


「あ、そうだ、一つ審神者になるなまえさんに注意してほしいことがあるんですよ」


ふと、色々と楽しげに会話をしていた彼女が真剣な顔で私に向き直る。


「審神者の仕事の中で、演習ってものがあるんですが、中にはその時に他の本丸の刀を奪おうとする審神者もいるらしいんです」
「人の刀を奪おうとする審神者、ですか?」
「はい。力が強い刀や、俗にいうレアな刀。私の近侍をしてくれている三日月宗近もその刀の内の一人なんですが、そういう刀を盗ろうとする人がいるんです」
「でも、刀って顕現させた審神者の力で人の形をなしているんですよね?それを奪ったとしても意味がないんじゃ…」
「ただ、奪うならそうなんですが、どうやら方法があるらしいんですよ。その力を書き換えてしまう方法が」


告げられた言葉に、思わず目を見開く。まさかそんな方法があったなんて思いもしなかった。つまり、その方法を使えば、こつこつと刀を探さずとも、全ての刀を手元にそろえることだって出来る。


「それは、どんな方法なんですか?」


少し表情には出てしまったものの、あくまで冷静に続きを促せば、彼女は閉じていた口をゆっくりと開いた。


「なんでも、欲しいと思った刀に接触して、その部位からゆっくりと自分の力を流し込んでいくらしいんです。よく使われているのは握手とからしいです…肌同士の接触なので、時間はかかるらしいんで、異変を見つけたらその本丸の人と会わなければいいらしいですけど。あとは、滅多な事ではないですが、口からとか…あとは、その、まあ、身体を重ねるとか、らしいです」


つまり、キスやセックスでも力を注ぎ込み相手から奪えるということだ。そう言う言葉にあまり慣れていないらしい彼女は顔を真っ赤にしているが、今の私にはそんな事関係ない。それよりも、何か特別な方法でもあるかと構えていたが、聞いてみれば案外簡単な方法だったので拍子抜けしたくらいだ。


「とにかく、気を付けてくださいね。政府の人間も気を付けているらしいですけど、まだまだ被害は減ってないようなので」


顔を真っ赤にしながらも私の今後を案じて彼女はこの事を言ってくれたのだろう。けれど、それは彼女にとって自分の首を絞めたようなものだ。だけど、今それをすぐに悟られるわけにはいかない。だからこそ、私は嬉しげな笑みを彼女に向けて言った。


「有難うございます、気をつけます」


こんなにも有力な情報を提供してくれてありがとう、そう言う意味も込めて。


160610 執筆


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