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「おばあちゃん、私ね、彼氏ができたんだよ」


 そんな会話を聞いたのは本当に偶然だった。母に言伝を頼まれ、遊びに来ていた陣内家の現当主である栄おばあちゃんの部屋に行った際に聞こえてきた言葉。その一言が僕の耳に届いた瞬間、踏み入れようと動かしていた足がぴたりと止まった。


「おやまぁ、そうなのかい」
「うん、だから、次遊びに来るときに一緒に連れてくるね」


 嬉しそうな栄おばあちゃんの声と同じように嬉しそうななまえの声。
 じとりとした夏独特の熱さで流れてくる汗を拭うこともせずに、僕はその場に立ちすくむ。僕の存在に気が付いていないおばあちゃんとなまえの会話は弾む様にして進んでいく。
 どうやって出会ったのだとか。どこを好きになったのだとか。今はどんな風にして過ごしているだとか。
 一通り話し終えて一息ついたらしいなまえに栄おばあちゃんは一言問いかける。


「なまえ、お前さん、今幸せかい?」
「うん、とっても幸せ!」


 それが当たり前だという様に返される言葉に、いつの間にか握っていたらしい拳に力が入るのが分かった。
 未だに続く会話を背に、僕はふらふらと来た道を戻る。もう、その会話を聞き続ける勇気はなかった。
 僕と同い年のなまえ。家は遠いけれど、年に一度行われる誕生日会ではいつも顔を合わせて、一緒に遊んでいた。それ以外は電話をしたり、手紙の交換をしたり。予定を合わせて夏休みにお互いの家に泊まりにいったりもした。なまえとは小さい頃から一緒で、彼女は先を行く僕の後ろをちょこちょことついてきていた。
 僕にとって、彼女が近くにいるのは当たり前の事で、それが彼女にとっても当たり前な事だと持っていた。実際に彼女に聞いたことはない。ただ、勝手にそう思っていたのだ。
 僕は、彼女が好きだ。最初はただ一緒にいるのがとても心地よい、それだけだった。けれど年月が経つにつれて、身体も心も成長していくにつれて、声を聞けば胸が高鳴り、微笑みを見ると自然と体が熱くなるようになった。
 それが恋なのだと、周りの知り合いから言われて、僕は彼女に恋心を抱いていることに気が付いたのだ。
 そして、今年。いつも通り集まった時、僕は彼女に自分の気持ちを伝えるつもりだった。
 きっと彼女も、照れ臭そうに微笑みながら応えてくれるだろうと、そう、思っていた。
 ふらりふらりと視界が揺れる。いつの間にか僕は何度へと戻ってきていた。目の前にある画面には見慣れた兎の姿。
 ネット上では最強、無敵、キングと言われていた僕でも、現実はどこにでもいる子供の一人だ。
 自分の気持ちに気が付いても、その相手の気持ちは別の方向に向いてしまっている。それを無理矢理自分の方に向けようなどという勇気はない。
 情けない、それでもお前はキングカズマか、と心の中で自分を罵倒しても何の意味もない。
 ただ、寂しさと、悔しさが胸の中をぐるぐるとまわる。


「なまえ…」


 小さく彼女の名前が僕の口から零れ落ちる。


「好きだよ…」


 溢れた気持ちを表した言葉はあまりにもか細く、誰の耳に届くこともなく空気へと溶けて消えた。




キングと呼ばれる少年


151104 執筆

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