20000hit記念企画 | ナノ

「小夜」


 その名を呟けば私に背を向けて座っていた小さな背中が揺れる。


「いつまでそうしてるつもり?」
「……。」


 その問いに対する返事はなく、ただ無言で小夜は縁側から外を見続けている。これは一筋縄ではかないと思いつつも、どうしてもその姿は不貞腐れる子供にしか見えなくてついつい笑いが零れてしまった。


「小夜、近侍を一時的に交代させた理由はちゃんと説明したでしょ?」
「……。」


 やはり返ってくるのは無言の返答。そんなにも近侍から外されてしまったのが嫌だったのだろうか。小夜左文字という刀は、そこまで近侍という立場に執着を持っているように思わなかった私にとってはとても意外な事だった。
 その場から一歩も動かないという意思を静かに背中で語るその小さな姿。私も暫く小夜がくるまで動かないという姿勢を見せていたが、最終的に折れたのは私の意思だった。
ゆっくりと立ち上がって縁側に座る小夜の隣に腰を下ろす。
 私の気配に小さく肩が揺れ、三白眼の鋭い瞳が一瞬此方へと向けられた。しかし、それはすぐにまた中庭へと戻されてしまう。零れる苦笑を隠さずに、私はそっとふわふわの頭に手を置いてみた。その手を振り払うことなく、彼はその場に座っている。そっと手を動かして数度撫でると、ゆっくりと彼の視線が私へと向いた。


「小夜、そんなに近侍から外されたのが嫌だったの?」
「そういうわけじゃない」


 やっと返ってきた返事はとてもそっけないものだった。


「じゃぁ、どうしてずっと拗ねてるの?」
「拗ねてない」


 軽く唇を尖らせて小夜は言う。けれど、その姿はどう見ても拗ねたときの表情だった。必死に抑えても零れてしまう笑いに小夜の表情は更に不機嫌さを増していく。謝罪をして笑いをおさめればふいっと顔を逸らされてしまった。


「別に、近侍を外されたことが嫌だったわけじゃない…」


ただ、と言葉を紡いで一息間があく。小夜はどこか言葉を選ぶように小さく口を閉じ、そしてまた開いた。


「貴方には、少し危機感が足りないと思って」
「そう?そんなことないと思うけど」
「そんなことあるよ。少し、自分が女だってことに自覚をもった方がいい」


 そう言って黙ってしまった小夜を見てから私も中庭を見て、ふと少し前の記憶を思い出す。

 近侍から小夜を一時的に外したのは他の刀剣の練度を上げるためだ。そこは彼もきっと分かってくれているはず。
 女だということに自覚をもて、そして危機感をもて。そう言われてやっと思い出したのは昨日の事だった。

 刀剣男士は近侍にした刀剣がよく育つ。そういう情報を耳にして私は近侍を小夜左文字から乱藤四郎に変えた。それは彼の強さを上げるため。
 初めての近侍という立場に乱藤四郎は喜び、嬉しげに私の手伝いをしてくれた。その姿はとても可愛らしかったので彼が言う事の大半は聞いてあげていたのだ。
 夜、寝床の用意をしていた乱藤四郎はどこか恥ずかしそうに聞いてきた。


「ねぇ主、今日一緒に寝ちゃダメ?」


 寝間着姿で自分の枕を持ち、おずおずと聞いてきたその姿は破壊力抜群だった。トドメとばかりに頬まで仄かに染めているものだから、イエス以外の言葉が見つからなかったのは言うまでもない。

 そして次の朝、つまり今日の朝、私を起しに来た小夜が抱き合って眠っている私たちを見て、そこから彼の機嫌は悪くなった。
 そこまで考えて私の頭にはある考えが浮かぶ。それが真実だとしたら、彼はなんと可愛いことをするんだろう。いや、外れていたら自意識過剰以外の何物でもないけれど。私は緩む顔を必死に堪えながらそっと小さな手に触れる。


「小夜、私が乱ちゃんと仲良く一緒に寝ていたから嫉妬したの?」


 ぴくり、と彼の手が震える。その反応はきっと私の考えが当たっているという証拠。小夜が感情の隠し方が苦手なのを知っているので、私の表情筋はだらしなく緩んでしまう。


「……だって、あんなの、僕はされたことがない…」
「それは、べたべたされるのは小夜は苦手かなって思ったから」
「…別に、そんなことはない」


 軽く俯いた小夜の表情は前髪で隠れてみることはできない。けれど、乗せていた私の手はいつの間にかしっかりと握り返されていた。小さな指が必死に私の手を包み込み、離さぬようにと力が入っている。それに応えるように私も手を握り返した。


「それじゃぁ、今日は一緒に寝ようか。小夜」
「……。」


 返事はなかった。けれど、小さく頷いた彼の髪から出ている耳の部分は仄かに赤く染まっていた。




復讐を問う短刀


151110 執筆

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