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暗殺 大学生がトリップする話

暗殺教室 トリップ主と雪村先生の話

この世界に来てからどれくらいの時間が過ぎたんだろう。浅野先生から用意された部屋に置いたカレンダーを見つつぼんやりと考える。
時期的にそろそろメインキャラクターたちがE組に来る時期。こっちに来てから見慣れた教室となったE組に新しい顔ぶれが並ぶのだろう。
もはや自分の部屋の次に居心地がいい場所になりつつあるあの教室を思うと苦笑いしか出ない。
もともと成績は元の世界の時からよくはなかった。最初に受けたテストだってボロボロで、浅野先生の顔が歪んだ光景はまだ記憶にしっかりと残っている。それでも、私を切り捨てることなく、この部屋を用意して、学校での籍まで作ってくれた浅野先生。それが、私にとっては不思議でならない。あれは彼の気まぐれだったのか、それとも何かの算段があって私を助けたのか、今の私にはどっちだと判断することはできなかった。
判断するには、私は彼との接触機会が少なすぎるからだ。漫画でそれなりに話を把握してはいるが、実際に彼に会うのと紙媒体の彼に会うのとは全く違う。紙媒体では描かれなかった部分までしっかり見て、それから判断しなければならない。

「みんな、おはよう!」
「おはようございます、雪村先生」

いつものように優しげな笑みを浮かべて入ってきた雪村先生。けれど、いつも浮かんでいる彼女の笑顔より、今日の笑顔はどこかうきうきしているように見えた。

「なんか最近ゴキゲンだね、雪村先生」

倉橋さんの言葉から周りの生徒も先生へと視線を向ける。はやし立てる生徒にあわあわしながら対応する先生は困った表情だけど、それでもどこか幸せそうだった。
けれど、そこまで考えてはっとする。この会話はどこかで見たことがある。そう、これは、彼女が死んでしまう少し前の会話。

「っ!!」
「どうしたの?」

思わず立ち上がってしまった私に先生へと向けられていた生徒たちの視線が集まる。あわてて顔をあげれば、そこには少し心配そうな雪村先生の顔。あぁ、やってしまった。できるだけ目立つ行動は控えようと気を付けていたのに。

「い、いえ、なんでもないです…すみません」

そそくさと席に着けば不思議そうにしながらも先生は出欠の続きをし始めた。生徒たちから向けられていた視線も次第に先生へと戻り始めているのを感じつつ、こっそりと息を吐き出す。
私の順番はもう終わっていたので、この後呼ばれたりすることはない。机に突っ伏す体制をとって、次々に呼び上げられる名前と返事を聞きながら必死にこの後の展開を思い出そうと思考を巡らせた。
此方に来る前に一度すべての話を読み返していたのがよかったのだろう。話の展開はすんなりと思い出すことができた。けれど、それからどうするか、それが私にとっての難題だった。先生が行く場所に生徒である私が付いていくことはできない。
私があの研究室の内容を知っているのはそれが物語として描かれていたからだ。読者、観客、傍観者、そういう立場であったからこそ、知れた情報、知れた展開と結末。けれど、今の私は読者でも観客でも傍観者でもない。物語上に一人のキャラとして存在している役者の一人だ。舞台に上がってしまっている以上、下手なマネや行動はできない。最悪、私の行動でストーリー通りに進んでいた物語が、突如、私の知らない物語に変化してしまうかもしれないからだ。
どうしたらいい。どうしたら彼女を、先生を救える。必死に頭をひねってもいい考えは浮かばなかった。こんな時、何か特殊能力でもあれば、なんとかなるかもしれないけれど、そんなもの私は持っていない。

「……っ」

たどり着いた結論は、何もできない、だった。いくら考えても私にできることは何もない。目の前でこんなにも生徒に対して愛情を注いで、必死に生徒と向き合おうとしてくれている先生に、私はなにも返すことができない。それが、考えた末に出た結論だった。

気が付けば教室はオレンジ色になっていた。いつの間にかすべての授業が終わっていたらしい。どんな授業をしたのかやどんな話を聞いたのか、思い出そうとしてもぼんやりとしか思い出すことはできなかった。きっと別の事に集中していたので、授業に対する集中ができていなかったんだろう。
生徒がほとんどいなくなった教室を見まわして、ゆっくりと帰る準備をする。バッグへと教科書を入れる私の手は、なまりのように重かった。

「あ、先生…」
「あれ?まだ残ってたの?」

廊下に出ると見慣れた後姿。そんな彼女の先を数人の生徒が歩いている。きっとさっきまで彼らと会話していたんだろう。
私の姿を見て歩み寄ってきた雪村先生の頬が少し赤くなっているところからして、また朝った話題で弄られたらしい。

「今日、どこかぼんやりしているようだったけれど大丈夫?体調悪かったの?」
「あ、いえ…そういうわけじゃないです。ただ、ちょっと、考え事をしてて…すみません」

だんだんと小さくなっていく語尾、自然とうつむきがちになってしまった私の頭に暖かな手が乗った。思わず顔をあげればそこにはいつものように優しい笑顔を浮かべている先生がいる。

「そっか、ならよかった。でも、次からはちゃんと聞いててね」

そういう先生の声色はとても優しい。こんな人が数時間後にいなくなってしまう。そう考えると悔しくてたまらなかった。なにより、それに対して何もできない私自身が情けなくてたまらない。
熱くなってくる目頭を袖で強引にぬぐい、しっかりと先生を見つめる。

「先生、私、先生の授業が大好きです」
「え?ど、どうしたの?急に」

わたわたとあわてだす先生。当たり前だ、こんなこと急に言われたら困惑するにきまっている。けれど、この機会を逃したらもう言えない。

「いつも私たちの事を考えてくれて、一人一人に向き合おうとしてくれる。服のセンスはなんとも言えないけど、でも私は、そんな先生が大好きです」

その言葉は嘘偽りなどない私の心からの言葉だった。そんなに長い時間を過ごしたわけではないけれど、それでも十分先生は私の中で大きな存在となっていた。
きっとそれは、今頃実験台となっている人も同じだろう。まだ実際に会ってはいないけれど、他人に対する優しさや、他人を見るとはどういうことか、その本当の意味をあの人は目の前にいる先生から学んでいる。
私の言葉を驚いたように先生は聞いていたけれど、どこか照れたように笑いながらいつもの優しい声で返してくれた。

「ありがとう。私も貴方たちが大好き」

それは、三日月が生まれる当日のやり取り。


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