ネタ吐出し場 | ナノ



南馬鹿 不死の看守は死にたい※流血有

ボキボキと何かが砕ける音がする。
ぐっとお腹から熱い何かがこみあげてきて、口を開けば「げほっ」という音と共にさっき食べた食べ物と一緒に胃液が地面へと落ちた。
くの字に曲がった体にめり込むのは主任の拳。ほんと、この人に容赦という言葉はない。
こみ上げる笑いを堪えずに喉を震わせて笑えば、その頬に重い拳が当たった。
まるで早送りみたいに流れる風景をぼんやりと眺め、次の瞬間には反対の頬に強い衝撃が走る。
耳元でボキリと嫌な音が聞こえたのは何度目だろう。もう数えるのすらやめてしまった聞きなれた音に、きっと骨が割れたと思った。
力の入らない体は壁伝いに地面に落ち、一緒に砕けた塀の破片が私に降り注ぐ。数個は鋭利な部分が体に刺さったようで、節々が痛い。
唯一動かせる目玉を動かして、横になった景色を見れば、そこには白い手袋を赤く染めながら私を見る主任。奥には青ざめた顔をした、5舎の主任や囚人達。
彼等にとってはあまり見ることのない光景だから、きっととても驚かせてしまったに違いない。
トラウマになったら悪いなと思いながら、ふぅ、と息を吐いて体に力を入れた。


「主任…少しは、加減……げほっ……してくださいよ…」
「手加減無用って言ったのはお前だろ」
「…まぁ、そうですけど……みなさん、驚いてますよ…」


まずは目玉、次に口。ゆっくりと動かして、どこが機能してどこが壊れているかを確認する。片手はまだ生きているようで、それを支えに体を起こせば、ごぽっと口からまた血があふれた。
どうやら内臓もいっているらしい。主任の拳はなんでも壊すな、と思って口元が歪む。
手を使って半ば無理やり瓦礫から抜け出せば、鈍い音と共に体のバランスが崩れた。


「あー…足ちぎれちゃった」
「あーじゃねえだろ。ちゃんと持ってこい」
「分かってますよ」


まったく人使いが荒い。とぶつくさ言いながら無事な手で瓦礫の中に挟まってしまった足を引っ張り出す。予想以上に勢いよく抜けたので、そのまま私はまた地面にころんと転がってしまった。
周りから心配の声が聞こえてくるが、近づいてくるものはいない。当たり前だ、きっと今の私の姿はホラー映画に出てくる死体。そんなものに好き好んで近づく奴はいない。
それでも、その死体と私には大きな違いがある。それは、私の体は死へと向かう事はないという事。
むき出しの筋肉、神経、それが次第に寄り集まって、その外をじわじわと皮膚となる細胞が覆っていく。
潰れていたらしい目玉も、まるで内側から押されるようにして元の形を取り戻す。
体から感じる、再生の感触を感じながら、そろそろ行けるかと思って体を起こせばすんなりと立ち上がることができた。
それでも、流れた血が消えることはないので、今も私の見た目はグロテスクだろう。


「あーあ、今日もダメか…主任、もっと気合い入れてやって下さいよ」
「十分本気だよ。お前がその上を行くだけだ」
「ちぇー」


主任でだめならもう5舎の主任しかいないだろうか。彼は主任の次に強いらしい。きっと彼ならばと視線を向ければ、彼は少しだけ眉を動かして私を見つめ返した。


「悟空主任、よかったらお願いできません?」
「俺はそこのゴリラみたいにSじゃねえから無理だ」
「んだと、このクソ猿」
「まあまあ主任。でも残念です、もし、気が向いたらお願いしますね」


青筋を浮かべる主任をどうどうと抑え、悟空主任へと微笑めば微妙な表情をされた。
これが普通の反応なんだろう。こぼれてしまう苦笑を隠さずに、丁度13舎に帰る時間になったので主任と共に出口へと向かう。
壊してしまった壁などどうしようかと思ったが、それは5舎の人がなおしてくれるそうだ。今度御礼に何か持っていくことにする。


「でも主任の拳でもだめなら、もう他に手がないですよねー。いっそ海に身投げでもしてみましょうかね」
「そのあとの報告書を書くのは誰だと思ってるんだ」
「勿論、主任です」
「俺は絶対嫌だ。面倒ごと増やすんじゃねえ」
「ちぇー」


いい案だと思ったのになー、と頭の後ろで手を組んで主任の後に続く。怪我だらけの私を気遣うことなく主任の歩く速度はいつものスピードだ。
その後ろで歩きながら私の体は徐々に回復していく。血は相変わらず消えないけれど、さっきから口からあふれていた血はもう出てこないし、足も引きずらなくなった。
ちょっと歩く速さをあげて主任の横につけば、主任は前を向いたまま口を開いた。


「前から気になっていたが、お前はどうしてもそうも死にたがるんだ。普通はもっといい使い方をするだろ」
「そのいい使い方をやりきったので、逆にできないことをしようと思ったんですよ」


そう、できることはもうやり切った。だからこそ私はできないことをやろうとしている。この死ねない体で死ぬという事を。
周りの人からはおかしな奴だと言われるけれど、私は真剣だ。心の底から死を迎えたいと思っている。だから、こうやって何度も試しているのだ。
強い相手と戦った。刃物で体を切り刻んだ。爆弾の中に自ら入った。動脈を切って血を流し続けた。毒を飲んだ。自分に火をつけた。海ではないが重しをつけて水に入った。それ以外も沢山沢山やった。
それでも私の体は生を手放そうとしない。決して、死をつかもうとしてくれない。それでもあきらめきれずに私は何度も死をつかみ取ろうとしている。それでも掴めない。


「もう、疲れたんですよ、見送るのは。だから、そろそろ私も誰かに見送ってもらいたいんです」


いろんな人を見送った。家族を、友を、子供を、孫を。それでも私はまだ生きている。一定の歳の姿で止まったこの体で生きている。いつか私もそっちに行くよ、なんて言ってまだそれを守れずにいる。
指を動かして自由に動かせることを確認して、顔についた血を持っていたハンカチでぬぐった。それはべっとりと赤く染まる。これだけの血を出しても、私の体は生き続けている。普通ならば人すら殺せる主任の本気の拳を受けても生きている。
生きている、それが、今の私にとってはとても苦しいことだった。
自然とうつむきがちになっていた私の頭に、一回り大きな手が乗せられる。それは無遠慮に頭をぐしゃぐしゃとかき混ぜて、思わず足が止まってしまう。
顔を上げれば、そこには同じように足を止めて私を見ている主任がいた。


「別にお前がどうしようと構わないが、ちゃんと受け持った仕事は終わらせてから逝け。それなら俺は文句は言わねえ」
「……!!」


死にたいと言うと、それでも生きろと、周りの人は口をそろえて言う。生きている事こそ幸せだから、きっと生きていればいいことがある、と。
けど、目の前の主任は違う。やることをやれば後は好きにして言い。そう言ってくれたのは主任が初めてだった。


「なら、ちゃんと仕事は終わらせますから。ご褒美にまた私を殺すお手伝いしてください」
「俺の方のたまっている仕事が終わっていたらな」
「じゃぁそれも手伝いますよ。私、書類作業得意ですから」


自然と緩む口元。そんな私を見て主任はまた私の頭を撫でる。今度はさっきとは違って優しく。きっと、次の仕事を終わらせても私は死ねることはないんだろう。けど、私は何度も主任に自分を殺してもらおうとするだろう。
主任だけが、私の気持ちにまっすぐに向き合ってくれるから。
いつか、主任の手で最後を迎えられますように。最近はそんな願いが私の胸には芽生えていた。


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