15p先、濃くて長い。少し下向き



「だぁぁぁぁっ、ギブギブ!」

「なんでよ!覚えるだけじゃん、こんなもん!」

「そんなこと言ったってよ…」

「…………団蔵が、私に教えてって言ってきたんだよ」

「………」


テスト勉強を始めてはや一時間。
団蔵は古典の問題とにらめっこをしたまま、なかなか次のページに進まない。私だって教えることはそう得意じゃないし説明が分かりにくいのもあるかもしれないけれど、古典に必要な基礎知識をほとんど覚えていない団蔵のほうにもちょっと問題がある。


「あんた…授業でなに聞いてたわけ…」

「………寝てた」

「処刑」

「ごめんごめんごめんごめんごめん!!」


謝らなくていいから、さっさとそのページ終わらせてよ。あとそんなに申し訳なさそうな顔しないでよ。こっちが悪いことをした気持ちになってくる。
団蔵とお付き合いをする人は大変だな、と思った。なんせこの顔を向けられては、なにもかもを許したくなってしまうのだ。


「もー、活用形ぐらい覚えてよ…」

「う…、俺が暗記が一番苦手なの◎◎はよく知ってるだろ…」


そうむすくれながら、必死に活用形を思い出す団蔵。頑張っているんだろうな。部活とかで忙しいから、あのひどくのったりとした授業は眠くなってしまうのだろう。
団蔵に向けたいが向けられないこの腹立ちを、そう思って片付けることにした。

それと、


「後ろ…すごいうるさい。」

「◎◎〜、団蔵進んでるか〜?」

「シバくぞ佐武」

「げっ…、」

「さっきから後ろでずっとぎゃあぎゃあうるさいのよ。勉強の邪魔」


このクラスメイトたちは、私が団蔵の手助けをしているも関わらず、普段通りがやがやとやかましい。
なんで連れてきたんだ…。そう思って眉を顰めると、黒木がこれまた良い笑顔で言った。


「いやあ、団蔵が××と二人きりだと何かあるんじゃないかと、我々は心配をしているんだ。」

「なんもしねーよ!!!!」


黒木の言葉にそれまで課題に向き合っていた団蔵が、ものすごい勢いでこちらを向いて叫んだ。耳の辺りが少し赤い。


「え〜、本当にぃ〜?◎◎ちゃんと二人きりで?なにもしないのぉ〜?」


夢前が、にやついたいたずらっ子のような表情で聞き返す。団蔵の赤は頬まで広がった。


「うるせえ!俺はいま◎◎に古典教えてもらってんの!勉強しないなら帰れよぉ!!」


団蔵が叫んだ。なんつう真面目なことを。普段のこいつからは想像もできない。


「帰らないよーだ。楽しいもん」


団蔵曰く、悪魔の微笑み。夢前は綺麗に微笑みながら言い放った。ここまで言われたら誰も帰らないことを団蔵はよく知っている。そこで私ははた、と気づいた。誰も、帰らないということは。


「黒木も帰らないんでしょ。団蔵の古典見てあげてよ。」


先ほどのやり取りを見て至極愉快そうにしている黒木に声を掛ける。黒木は眉を少しだけ上げて「僕が?」と言った。


「そう。自慢じゃないけど、私数学が壊滅的なの。本当はこの馬鹿に古典なんか教えてる暇なんてないの」

「この馬鹿って!◎◎ひでえ!」


事実じゃないかと、団蔵に小さく目を向けるとぐぐ、と押し黙る。その様子を見て、黒木は更に可笑しそうに笑った。


「まあ、僕も××の、数学の壊滅具合は良く知っているからね。いいよ、僕が団蔵を見てる」

「ありがと黒木、よろしくお願いします」

「えっ、ちょ、俺抜きでなんつー話をしてるんだよ!!」

「じゃあ団蔵は、私が数学で赤点を取る姿を、丸ばかり付いている古典の解答用紙を持ちながら眺めることが出来るの」


ぐぐ、また団蔵が押し黙る。彼は事実に弱い。本当のことを言われると、なにも言い返せなくなってしまうのだ。良く言えば素直、悪く言えば扱いやすい馬鹿。

黒木に団蔵を預けて、丸い曲線を描くテーブルの、団蔵の向かいに座った。
これから私は、最大の敵と戦わなければならない。










「うー…、さっぱりだわ…」


数学の勉強を始めておおよそ30分が経過した。私の数式は少ししか進んでいない。


「なにやってるかはわかるのに…」


困ったことに、やろうとすると出来ない。
あぁ、もう。数学っていうのはひどく難解でややこしい。
投げ出したく気持ちを押さえ、ペンを持ち直す。
すると数学のノートに、大きな影が現れる。


「××さん、ここはこの式を入れるんだよ。その式だと違うところを求めてることになっちゃう」


どきり、とした。さっきの笑顔が瞬時に脳裏に浮かび上がる。体温が少し上がった気がした。落ち着け、私。

顔を上げれば私のすぐ横に皆本がいて、テーブルに手を付きながら問題を覗きこんでいる。
突然降ってきた声と皆本との距離の近さに驚くとともに、問題を眺める好奇心と気怠さが混ざるその視線に、なぜかひどく惹かれた。
けれどそれは一瞬のうちで、皆本が私に誤りを指摘してくれていると認識した途端、すぐに問題に向かい合う。彼がせっかく教えてくれたのに、こちらがボーッとしていてはいけない。



「えっ、あー…こう?」

「うん。そうそう。」


お、おぉ…解けた。こんなにも、こいつは短絡的だったのか。私が方法を間違えていただけで、こいつはそんなに難解な奴ではないのかもしれない。純粋に、解けたことが嬉しかった。今までにらみ合っていた数式がすぐにするりとほどけると、思わず声を上げる。


それに反応するかのように、皆本がにこりと笑った。睫毛がふわり、微かに揺れる。



「あ、ここ今度はね…」


皆本の声が耳元で心地よく流れる。皆本が説明をしてくれているのに、聞かなければならないのに。
今回ばかりは、今の笑顔に奪われて意識を数学に戻すことが出来そうにない。



数学のノートに放り投げられた視線を少し横に向けた。
私の角膜は、皆本の整った横顔を映し出す。




15p先、濃くて長い。少し下向き
(微かに揺れる、君の睫毛)




やっぱり皆本の睫毛は、綺麗だ。





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タイトルが少し変態チック


13.11.23. のめこ