2話





「…で、何でここなの…」

若干呆れたような声音を含ませながら、連れて来られた見慣れた風景を視界に入れる。




「ここなら邪魔も入らないし、君の嫌いな"群れ"もいない。ゆっくり昼食が出来るだろ」

なんて、得意げな声で足を進めるアラウディ。
そんな彼に取り敢えず着いては行くものの、そんな言葉に理解不能だと心中で呟く。
雲雀が常日頃から愛用している屋上。
アラウディの言うように、この屋上はほぼ雲雀が独占している為滅多に生徒が寄り付かない。
群れを嫌う雲雀の大切な場所の一つなのだ。
そんな慣れた場所へ連れて来られて、さて昼食だなんて言われてしまって。
正直、男二人が屋上で昼食だなんてあまり面白く無いシチュエーションだ。
そんな雲雀の複雑な心境を知ってか知らずか、早速適当な場所へ腰を下ろすアラウディに小さく目を細める。




「…気持ち悪いと思わないの?」
「何が?」
「男二人きりで屋上で昼食って……。あり得ない…」
「そう?僕は別に気にしないよ。ただ君と食べたかっただけだから。寧ろ、使い物にならない鬱陶しい副委員長よりは大分気分が良い」

正直、毎日アラウディと昼食を共にしているわけではない。
今回はたまたま強引に連れて来られたが、何時もならばアラウディの側に要る黒髪の長身男が一緒に要る筈だ。
周りからは跳ね馬と呼ばれているらしいが、あまり関わる事が無いから詳しくは知らない。
寧ろ関わるつもりはない。
聞く話では、仕事等殆どの確立で手放し状態らしく、その溜まった書類をアラウディが後からまた片付けているだとか。
その話を聞いた瞬間少々殺意が湧いた。
仕事がまともに出来ないヤツを何故副委員長にしているんだとアラウディに一度だけ抗議をしたら、あれはあれで使えるからという意味不明な答えが返ってきた。
仕事が出来ないのに何に使えるというのか…。
そんな事を考えていた所へ、突然腕を引られて腰を落としてしまった。




「なに考えてるの。跳ね馬の事?」
「…まあね。風紀委員長の立場から言うと、ああいう風紀を乱す服装を何故副委員長がしているんだと疑問に思うよ。どうしてあんな秩序を乱すヤツが副委員長なんだ…」

まるで納得出来ないと眉を寄せる雲雀。
まあ、雲雀の気持ちがわからない訳でもない。
寧ろ、誰よりも風紀や秩序、規律に厳しい雲雀からしてみれば跳ね馬の存在は本当に不愉快なのだろう。
ただ、あの跳ね馬はああいう成りをしながらもやるときはやる男だ。
頭だってバカじゃないし、回転も速い。
まあ、時折無意味に頭の回転が速い時はあるが、他の奴等よりは十分にキレる。
だから、副委員長にしておいているだけの事。
それを雲雀に伝えれば真っ先に跳ね馬へ会いに行くだろうから言わないが。
事実、雲雀の側にいる副委員長は本当にしっかりしているのだ。
雲雀の指示を二つ返事でこなしながら、日々雲雀の圧倒的威圧感に耐える。
肩が凝らないのかと心配になって問い掛けてみたら、なんでも雲雀の事を尊敬しているらしい。
無愛想且つ不器用で天の邪鬼な雲雀を尊敬出来る草壁という彼を、僕は寧ろ尊敬するが。




「…まあ、取り敢えず食べなよ」
「悪いけど、何も持ってない」
「だろうと思って、ちゃんと用意したんだ」

なんて得意気に話すアラウディ。
用意?なんて頭にクエスチョンマークを浮かべて眉を寄せる雲雀の前に、何処に隠し持っていたのか中々に大きな弁当箱を置いた。
その四角い箱を包む布を解いて、三段積みにされているそれを一つ一つ置いていく。
そんなどうでもいい動作なのに、アラウディの動きがとても綺麗に感じられた。




「食べなよ」

そんな言葉に思わずはっとして、綺麗な動きに見とれていたという事実を隠す為に咄嗟にアラウディから顔を逸らす。




「…なんなの、これ」

半ばぶっきらぼうに問い掛けて、チラリと並べられた弁当に視線を向ける。
白米は勿論の事、焼き鮭やら煮物やら雲雀の好みそうなものばかりが詰められた弁当の具材。
アラウディの容姿からしてこんな料理を作るとも考え難く、難しそうな顔で弁当を睨み付ける雲雀にアラウディは一つ溜め息を吐いた。




「失礼だね。朝早くから準備して作ってきたっていうのに」
「は…?これ、あなたの手作り?」
「当たり前だろ。他人が作った弁当をこの状況で差し出すとでも思った?」

まるで当然だとでも言いたげな顔で返事を返すアラウディ。
そんな彼に驚きの表情を見せる雲雀だったが、寧ろアラウディが料理を作れるだなんて思わなかったのだ。
何しろ、会うたび会うたびコンビニで買ったパンだとか食堂から持ち出した料理だとか。(集団で食事するのはアラウディもあまり好きでは無いらしい)
家庭的なイメージからは凄く遠ざかっていたのに。
なのに何故だか今日、そのイメージも反転されてしまった訳で。




「……あなた、料理作れるんだ」
「…僕を何だと……。まあ、何時もは仕事が詰まってるから余裕のある昼食が出来なかっただけ」

うん、理由はなんとなく分かった。
ただ、何故自分好みの日本的具材ばかりが並べられているのかはわからない。
不審な目でアラウディをじっと見詰めていると、何処か雲雀の気持ちを察したらしく、面倒だなとか言いながら箸を雲雀に差し出した。




「何時もはイタリアだとかフランスのヨーロッパ料理ばかりだから、気分転換。君、日本料理好きだろ?次いでだから丁度いいと思って」
「ああ…そう……。で、美味いの?」

それは食べてみなきゃわからないとすかさず言葉を返されたが、中々に手を伸ばす勇気が無い。
ここで素直に手を伸ばすのも、なんだかムカつく。
勿論腹の調子は凄く万全だけれど。
何時まで待っても料理を凝視するだけの雲雀に、アラウディは己の箸を持って料理に手を伸ばす。
見守る雲雀にお構い無しでパクパクと口に運んでいると、隣からストップの声が。




「待ちなよ。僕の分まで食べないで」
「…嫌ならさっさと食べな。面倒な子供だね」

聞き捨てならない言葉に噛み付きそうになったが、箸をギリギリと握り締めてなんとか堪える。
このまま味見もせず空腹のままで午後を迎えるなんて出来る気がしなかったので、仕方なしに一口口に運んだ。
口を動かしながらどんなもんかと吟味していると、隣からの視線に気づく。
不愉快だと顔を逸らして、口いっぱいに広がる甘味に思わず美味しいと声を出した。




「そうだろ?君よりは料理出来るよ」
「喧嘩売ってるの?」

少々悔しげなまま言葉を返し、取り敢えず美味しかった事は認めてやった。
正直料理なんて殆ど作らないから、アラウディの言葉は正しいといえば正しい。
ただ、何事も負けを認める事は嫌いな質で直ぐ様突っ掛かるような言葉を吐いてしまう。




「じゃあ明日は君が作ってきなよ。美味いのかどうか僕が直々に味見してあげる」

なんて事を言われてしまえば当然、やってやろうじゃないかと挑発に乗ってしまうわけで。
扱い易いななんて言葉を心中で呟きながら、明日の昼食に様々な展開を予想した。










 



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