1話




ふあ、と大きな欠伸をして、今まで机に向けていた身体をぐっと伸ばした。
朝から風紀委員室に籠りっぱなしで、昼のチャイムが鳴る今まで筆を走らせて判を押しての繰り返し。
いい加減、疲れた身体を休めようと瞼を閉じる。
小さく開けられた背後の窓から涼しい風が入り込んで、黒曜石の綺麗な髪を撫でると風は静かに室内へと流れていった。
春の心地好い風に小さく口元を緩めたそんな時。
コンコンと叩かれた扉の音に、雲雀はぐっと眉を寄せた。
せっかく一仕事を終えたというのに、心地好い気分が台無しではないか。
何、と冷たい言葉を向けて、雲雀は鬱陶しそうに溜め息を吐いた。




「へえ、結構進めてるね」

冷たい返事もなんのそので扉を開けたのは、予想を裏切らない見知った顔の青年で。
淡い髪色と澄んだアクアの瞳は雲雀とは全く異なるものの、見た目から何までが雲雀にそっくりなのだ。
勿論、性格も何処と無く似てはいる。
まあ認めはしないが。




「…高等部の風紀委員長がわざわざこんな場所に何の用?邪魔しに来たなら帰ってくれない」

片脇に抱えられている数々の教材だとかプリントを視界に入れながら、机を挟んだ目の前に立つアラウディへ冷ややかな視線を向ける。
そんな言葉や態度にも慣れきってしまったのか、対した反応をするでもなく至って落ち着いた雰囲気のままアラウディは雲雀の目の前へ数枚のプリントを置いた。
当然ながら、状況も判断出来ていない雲雀が何なんだと視線で問い掛けると、アラウディは得意げになって口を開く。




「去年やったの覚えてないの?毎年開かれる新入生激励会の案内だよ。一応、風紀委員長同士仲良くしてね」
「やだ。僕は一人で動くからあなたは草食動物逹と群れてればいいだろ」

関わる必要は無いと躊躇なく断りの返事を返し、用が済んだならさっさと出ていってと視線で訴えた。
相変わらずだなとアラウディは呆れたような溜め息を吐いて、断りも無しにドサリとソファーへ腰掛ける。




「知ってるかい?人間は一人じゃ生きていけないんだ。何かしらの物質、物体と関与しなきゃ生きていけないようになってる」
「……だから?」
「君が、いくら一人が好きだと言い張っても何時しか人に縋る時が来るって事さ」

いきなり何を悟り出すかと思えば結局最後の言葉は同じ。
またかとただ乾いた溜め息を溢した。
最初こそはムキになって反抗していたが、こうも入学してからずっと続くと慣れというものが発生してしまうわけで。
今更ウザいというのも手遅れな気もするし、右から左へ流れていくのだからわざわざ構うのさえ時間の無駄だ。
そう判断して瞼を閉じようとした刹那、ぐう、とお腹の虫が鳴り、ハッと目を覚ました時には時既に遅し。




「なに、お腹空いてるんなら言いなよ」
「ウザい。ご飯なんていらないから、あなたはとにかく部屋から出てけ」

お腹の音を聞いた事にやたら怪しい笑みを浮かべるアラウディ。
気持ちが悪いと内心で毒付いて、此方へ近付いてくる彼に苛立ちが増した。
今は羞恥と言うより、何故か苛立ちの方が強い。
全く何時まで部屋に滞在するつもりなのか。
毎度毎度この教室に居座る彼。
その心理はよくわからないが、いい加減飽きないのかと感動さえも覚える。
アラウディの言うように確かにお腹は空いたけれど、だからといってアラウディと購買なんて行きたくないし。
だから、こうして我慢している訳で。
何より人が集まる購買なんて、どうしてわざわざ自分から出向く必要があるのか。
人混みが大嫌いな雲雀にとって、購買だとか食堂は常日頃の大敵。
行きたいなら一人で行けと睨み付けたものの、そんな雲雀の腕を強引に引っ張って風紀委員室から連れ出された。




「っ、離せ…!」
「嫌だ。別に、購買や食堂に行こうなんて言ってないだろ」
「は…?」

思わず漏れた間抜けな声。
こんな流れからして真っ先にアラウディの行き先を勘づいていたのだけれど、購買や食堂以外に何をしに何処へ行くのか。
まるで理解出来ないとでもいうように難しい表情をする雲雀に、アラウディは小さく口元を緩めた。












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