9話




「……何してるの、君もだよ」

慌ただしい二人に小さく呆れた溜め息を吐いて、その場から動こうとしない雲雀へ今一度声を掛ける。
けれど、まるで嫌なものでも見るように顔をしかめ、居心地悪そうに椅子へ腰掛けると雲雀はゆっくりと口を開いた。




「…あなたがいるなら僕が行く必要は無いだろ。第一、僕はその行事に関わるつもりは…」

と、そこまで口にして雲雀の口は閉ざされた。
いや、閉ざす他なかったとでも言うべきか。
突然雲雀の腕を掴むや否や、アラウディはそれを強引に引っ張って部屋から連れ出した。
反射的な嫌悪感を感じて嫌がる雲雀にお構い無しで、雲雀に勝るその力でぐいぐいと会議室へと連れていく。
最後の最後まで嫌がっていた雲雀だが、その甲斐も無くまるで投げやりのように部屋へと押し込まれどさりと椅子に座らされた。




「君、それでも風紀委員長?…高等部を代表する風紀委員は僕だけど、中等部を代表する風紀委員は君だろ。なら、その責任を放棄するような真似はするな」

頭上からまるで説教染みた事を吐かれ不愉快度は頂点に上ろうとしていたものの、くしゃりと頭を撫でられて思わず気が緩んでしまった。
咄嗟に何をするんだとアラウディを睨み付けようと顔を上げた刹那、視界に飛び込んできた男の姿に雲雀は言葉を失う。
何故なら、その視界に映った男は今一番会いたくない跳ね馬だったから。
静かな怒りを沸々と煮えさせて、怒りと嫉妬の渦巻く眼差しが真っ直ぐに雲雀を突き刺す。
その視線に耐え兼ねた雲雀は咄嗟に視線を逸らし、この場から早く逃れたいという衝動に襲われた。
そして、未だ頭を撫でるアラウディの腕も、今はただ鬱陶しいものに成り変わってしまって。




「触るな…っ」

焦りと苛立ちに任せてその腕を無下に叩き落とすと、小さく唾を飲み込んだ。
こんな事をして、アラウディが気付かない訳がない。




「…恭弥?どうかした……?」
「っ別に。あなたの腕が鬱陶しかったから叩いたまでだ」

案の定、アラウディは不思議そうに雲雀の顔を覗き込む。
その眼差しは疑いと心配の感情に満ちていて、どうにも出来ないこの状況にぐっと唇を噛み締めた。
こんなに気を遣わなければならないなんて、全てはあの男のせい。
そう心中で呟きながら、此方を愉しげに見詰める跳ね馬の瞳をキツく睨み付けてやった。










































「じゃあ、今日はこれで終わろうか」

中身が詰まっていない大雑把な話し合いは、一時間と掛からずに終わった。
アラウディの言葉を合図に呼び出された学校関係者、委員長らは足早に会議室を後にした。
何故って、ピリピリとした空気があまりにも居心地が悪いから。
その一番の元凶である雲雀は、アラウディや跳ね馬に見向きもせずにさっさと戻ろうと椅子から立ち上がる。
けれどその背中に声を投げ掛けて、アラウディは雲雀の足を止めた。




「ねえ、丁度いいから一緒に弁当でも食べようよ。それと、君も早く弁当作ってきてね、あの日約束しただろう?」

ピタリと止まる雲雀の足は、反転する事なく動かないまま。
背中でその言葉を受け止めて、脇へ作った拳に小さく力を込めた。
アラウディの言うあの日という日は、雲雀にとっては悪夢の日。
それが今まざまざと思い出されて、悪意の無いアラウディに更に苛立ちは増した。
穏やかな声音から伝わるのは、アラウディに一切の嫌味が無い証拠。
それがまた鬱陶しくて、どうして構ってくるのだと雲雀は思い切り振り向いた。




「っ、…!」

そして、アラウディの片手に抱えられている重箱を容赦なく叩き落とす。
騒がしい音が部屋に響いたのはあっという間で、アラウディの足元へ転がる箱から無惨にも溢れ落ちるのは手作りだろう雲雀の好物の数々。
アラウディの心意を労る事等意識が向かず、沸き上がる怒りと苛立ち、そして困惑に瞳を染めて鋭くアラウディを睨み付けた。




「そういうの…鬱陶しいんだよ。もう僕に関わらないで。そこの跳ね馬とでも食べてればいいだろ」
「きょ…」

アラウディの反応を見るより先に、雲雀は背を向けてさっさと部屋から姿を消した。
苦しいのかすっきりしたのか全く訳がわからない。
鈍い痛みを伴う胸を小さく握り締めて、雲雀は風紀委員室へと真っ直ぐに足を運んだ。




「…ひでーヤツだなあアイツ」
「………」

呆然と雲雀の去る姿を見送っていたアラウディだったが、隣から聞こえた跳ね馬の声にハッとする。
酷い、とは思わないが、一体どうしたのかとアラウディは困惑した表情を浮かべるばかり。
思い返せば、先程雲雀に会った時から少し様子がおかしかった。
怯えでも恐怖でもなく、ただただ困惑したような表情が自棄に記憶に残る。
そんな事を脳裏に過らせながら手元から崩れ落ちた料理に視線を落とし、それを黙って片付けた。
隣でうめえだとか言葉を漏らす跳ね馬には耳も傾けず、アラウディは地へ視線を落とす。
雲雀に何があったのか。
気に障るような事をした覚えは数えきれない程あるが、つもり積もった鬱憤が爆発したとでも言うのか。
だとしても違和感だけが残る。
嫌々言いながら仕方無く受け入れてくれていた雲雀の表情は、偽りの微笑み等では無かったし。
突然豹変した雲雀の態度の原因は、いくら考えてもわからない。
そんな事を静かに心中で呟きながらアラウディは一人、小さく眉を寄せた。









 



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