8話





「っちょ、雲雀くん…落ち着いてください…!」
「うるさい黙れ神出鬼没変態果実」

本当ならこんな変態をこの部屋に通す事は滅多に無いのだけれど、今回ばかりは己の気が逸れていたせいで変態…もとい骸の侵入に気付く事が出来なかった。
そんな己にも苛立ちを感じつつ、目の前で鼻血をボタボタと溢す骸へ舌打ちをする。




「…何でもいいけど、早くその汚ない顔をどうにかして」

それだけ言って、獲物を掴んでいた腕をゆっくりと下ろした。
何時もなら容赦なく殴り殺す所だが、生憎今というタイミングが悪いのかそんな気すら起こらない。
数日前のあの行為と言葉で、雲雀の感情は地の底まで萎えきっていた。
当然、そんな雲雀の変化に気付かない骸ではないが、内心怪しく思いつつも取り敢えず用件は持ってきていたので先にそれを伝えようと大量のティッシュで鼻を押さえながらゆっくりと立ち上がる。




「あの、実は新入生激励会の事について雲雀くんに聞きたい事がありまして」

と、骸の言葉にピクリと反応を示す雲雀。
新入生激励会。
それは、確かアラウディに渡されたプリントにそう文字が書いてあった。
それを頭に過らせて、雲雀は骸に背を向けて小さく眉を寄せる。
まるで、嫌な物を見るように。




「…雲雀くん達風紀委員は、高等部の風紀と合同で校内の巡回をするんですか?」

と、何時にも増して話し掛け難い雲雀の姿に若干戸惑う骸だが、いやいやここで弱さを見せる訳にはいかないと首を振って何処か遠慮気味に問い掛ける。
その骸の問いに雲雀はただ黙っていたが、ピクリとも身体を動かさないままゆっくりと重い口を開いた。




「…そういう質問は、僕じゃなくて高等部の風紀委員長に聞いて。あくまでも、この学校を代表する風紀委員長は彼だから」

何処か暗雲でも纏っているような雲雀の口調に、骸はそうですかと返事を返してその背中をじっと見詰めた。
何時にも増して雲雀らしくない雲雀の背中は、酷く脆さを見せる小さな不安が見てとれる。
そう言えば、昨日は珍しく休みだった。
ここ数日間の間で雲雀に一体何があったのか、生徒会という立場ではなくて、己自身としての立場から雲雀の事が心配でならない。




「あの…雲雀くん。何かあっ…」
「すみませんヒバリさん、骸って来てませんか?…ああ、いたいた骸。お前いきなり姿消すなよオレが困るだろ?仕事サボる気か、なあ?」

聞こうか聞くまいか。
そんな葛藤を悶々としてやっと口を開いて問い掛けようとしていたのに、絶妙なタイミングで思いきり開かれた扉からあの忌々しい沢田綱吉の姿が現れた。
いや、現れてしまった。
にこやかな笑みを浮かべながら雲雀に声を掛けたかと思えば、然程驚いてもいない棒読みの言葉で声を掛けられて半ば強制的に首へ腕を回される。
己よりも十分に小さな身体の癖に、力や威圧感は自棄に恐怖を煽られて。
若干苛立ちを含めつつ口元を引き吊らせて、骸は強引に作る精一杯の笑顔で口を開いた。




「言い掛かりはやめてくださいよ沢田綱吉。僕は雲雀くんにきちんと用事があってですね…」
「その用事はもう済んだらしいからさっさと生徒会室に戻ろうか骸。生徒会長が不在の会議が何処の学校にあるっていうんだよ。全くお前は頭だけじゃなく中身まで面白い奴だなあ、あははは」
「………かんっぜんに棒読みですか…」

引き吊ったにこやかな笑みを浮かべる骸とは反対に、どす黒い笑みを浮かべる綱吉の口調は既に棒読み無感情。
明らかに怒りを抱いている空気だこれは。




「…お前、なにぬけがけしてんだよ……」

と、突然顔を寄せられて耳元で言葉を囁かれた。
そんな言葉一つで綱吉が不機嫌である最大の理由を悟る。
そう、それはこの雲雀に大いに関する事。
事実、骸と綱吉は互いに雲雀を想う人であり所謂恋敵。
骸が一方的に綱吉の事をライバルだと見ているらしいが、綱吉に至ってはそんな事に関心は無い。
だから骸の好きにはさせているものの、流石に密室で二人きりという状況は頂けないらしくこうしてガツガツと邪魔をしてくる訳だ。




「ヒバリさん、コイツがいきなりすみませんでした。じゃあ、オレ達はこの辺で」
「え…?!もう帰るんですか沢田綱吉…!ちょ、帰るのなら君一人で帰ってください僕はまだ雲雀くんと…!!」

骸の首へ腕を回しながら、面倒そうな表情を浮かべる雲雀へ人当たりの良い笑顔と挨拶をする。
ペコリと頭を下げてさっさと部屋から退室しようとする綱吉へ、骸は嫌だと暴れ始めた。
そしてその勢いで雲雀の手首を掴み、驚いた雲雀が反射的に骸の腕を払おうと力を込めた刹那。
また新たな客人が来たらしく、再びガチャリと扉が開かれた。




「……ああ、どうりで騒がしい訳だ」

その新たな客人に骸や綱吉は大した反応もせずに、あ、どうもなんて頭を下げる。
但し雲雀に至っては、驚きと困惑を混じらせた表情で高等部風紀委員長であるアラウディを見詰めた。
何しに来たのだと歓迎しない眼差しに、アラウディは小さく溜め息を吐いて口を開く。




「生徒会長もいる事だ、丁度いい。新入生激励会の事でざっと話し合いをするから今すぐ会議室に来て」
「え…?今から、ですか……?」

突然のアラウディの言葉には流石に骸も戸惑いを覚えたらしく、若干不思議そうに問い掛ける。
そんな問いにうざったそうに眉を寄せたアラウディは、二度も言わせるなと言わんばかりの不機嫌オーラ。
直ぐ様謝ろうとする骸の頭を力任せに下げさせて、綱吉はすみません今すぐ連れて行きますとにこやかな笑顔を浮かべながら半ば強制的に骸を部屋から連れ出した。




「…あの、沢田綱吉。雲雀くんの様子、気付きましたか……?」
「…当然。オレが気付かないわけがないだろ」

パタンと閉じた扉から少し離れた廊下の隅で、骸は綱吉の足を止める。
そして先程までのあの雲雀の違和感に、どうやら綱吉も気付いているらしかった。
何故見てみぬ振りをしたのか、そう問い詰めようと口を開いた骸だが、綱吉の表情は先程のにこやかなどす黒い笑みとは違い、複雑そうな感情が見て取れる。
綱吉は綱吉なりに何か考えがあるのだろうか。
はたまた、雲雀の様子に戸惑っているだけなのか。




「取り敢えず、オレ達は当たり障りのないようにいつも通りヒバリさんに接するんだ」
「…ですが」
「お前の気持ちはわかるよ。オレだってヒバリさんの力になれるならなんだってするさ…。でも、オレ達じゃ理解出来ないような事をヒバリさん、抱えてんじゃないのかなって思うんだよね…」

本当ならば、こんな直感外れて欲しい。
ただお腹の調子が悪いからだとか、ちょっと日々の疲れが出てるだとか。
そんな理由だったら寧ろしつこく付きまとってやる。
けれど、先程の雲雀からはそんな様子は微塵も感じ取れなかった。
なんだか、己や骸では予想も出来ないような、そんな闇を抱えている気がした。
だから無闇やたらに原因を追求するよりも、側で見守りいざという時に助ける。
そんな立ち位置で良いんじゃないかと思うからこそ、綱吉は骸を止めたのだ。
今回ばかりは骸に嫌がらせをしているわけではない。
骸の気持ちは痛い程わかる。
まあ、不本意だが。




「…それよりお前、なんで鼻にティッシュ詰めてるんだよ…」
「……あ、…いやこれは…」

今更になってやっと触れてくれた綱吉。
鼻に詰められているティッシュは赤く染みを作っていて、骸は言い難そうに、そして若干恥ずかしげに視線を逸らした。
まあ、気持ち悪いと綱吉に殴られる訳なのだけれど。











 



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