白猫従者




「起きて」


その一言の後に、バシンという肌の震える痛々しい音が寝室に響いた。
容赦の無いその平手打ちは、ジョットの眠りを容易く妨害する。
あまりの痛みに飛び起きて、何時ものあの澄ました表情に大きく溜め息を吐いた。



「…アラウディ、…少しは手加減を…」

「何度も起こしたのに何時までも起きなかったのは誰だい?」

「……すまない…」


キツい一言をさらりと言ってのけるこの従者。
クリーム色の淡い髪色に、透き通るようなアクアの瞳はあの時と変わらず今でも綺麗だ。

アラウディと呼ばれた従者は、頭から生える耳をピクリと動かして、シュンと項垂れるジョットに面倒そうに眉を寄せる。
特に言葉を掛ける訳ではないけれど、アラウディはただ黙ってジョットの着替えをベッドへ並べた。



「早く起きて。皆待ってるから」

「…ああ、そうだったな」


それ以上は何も咎めない事がアラウディの優しさだろうか。
ベッドから降りたジョットの寝間着に手を伸ばして、手慣れたようにそれを脱がしていく。
それを黙って見詰めながら、ジョットは未だ重たい瞼を小さく擦った。
今思えば、あの出会いが無ければアラウディはこうして目の前に居なかっただろう。

あの、寒い冬の季節。
今にも死んでしまいそうな仔猫が屋敷の前で倒れていて、ジョットは形振り構わずにその仔猫を抱き上げて屋敷へ連れ込んだ。
暖の前で何度も身体を擦り、暖かな毛布で身体をくるんだ。
親友であり仲間でもあるGも、仕方ないと言いながらその仔猫の世話を手伝ってくれて、数日後には自分の足で歩けるまでに回復をしたのだ。
クリーム色の綺麗な毛並みと、あの透き通る海のような瞳がとても美しいと思った。
しかし、そんな仔猫が突然姿を消してしまって、いくら探しても結局は現れてくれなかった。

そんな仔猫の事件から数年後、あの日のような雪の降る寒い冬に、アラウディは突然ジョットの前に現れたのだ。
髪色と同じ耳と尻尾を生やして、白い燕尾服に身を包んで。



「…アラウディ」

「なに」

「こんな事を毎日する必要は無い。オレの世話など…」

「駄目。貴方に助けられた恩は、僕の一生を賭けて返さないといけない。だから、…必要無いなんて言わないで」


淡々とした表情で作業を進めるアラウディだが、その声音は少し寂しさを感じた。
一時、身の回りの世話は自分で出来るからとアラウディの行為を拒否した事がある。
あの時は、ただずっと部屋の隅に立ったままだった。
まるで生気を失ったような眼差しが、じっと此方を見ていた記憶がある。

まあ、それはきっと己を見守ってくれていたのだろうが今思い返すと少し怖い。



「出来たよ」

「ああ、ありがとう」


そう言ってジョットの寝間着を片付けようとしたアラウディの頭を、穏やかな表情で優しく撫でてやった。

片耳を下げてその行為を素直に受け入れる。
そうやって褒められている際は、滅多に見せない嬉しそうな笑みを見られるから、ジョットはよくアラウディを撫でたりする訳だ。
最後に大きなマントを羽織り、食事や会議等にも使う広間へと足を進めていった。




























「待たせて悪かった」

「ったく、お前はアラウディに起こして貰わねえと起きねーみてーだな」

「…すまない、G。みんな」

「まあいいではないでござるか。ジョットもこうして反省しているわけなのだから」

「オレ様は納得いかないもんねぇ…。このオレ様を待たせるなんて、全くいい度胸してるよねぇほんと」

「ヌフフ…その割には貴方も遅かったではありませんか、ランポウ。まあ…何はともあれ、寝坊は頂けませんね。いい加減直して頂かないと。私達にも都合というものがありますから」

「…すまない…」

「まあそう責め立てるなデイモン。雨月の言うようにジョットも反省している。今回はオレの顔に免じて許してやってくれ」

「……今回だけ、ではありませんが…。まあいいでしょう」


広間にある長机に沿って並べられている椅子に座っていた人物等が各々の意見を口にし始める。
その様をジョットは申し訳なさそうに聞いていたものの、隣に立つアラウディは至って澄ました顔のまま。

デイモンと呼ばれた不思議な髪型をした彼の言葉を最後に、料理が次々と運ばれてきた。
そして全ての料理が並べられると、アラウディは各々のカップへ暖かなエスプレッソを注いでいく。
そこに角砂糖を入れて、泡立てた牛乳を注いで甘苦いカプチーノを作り上げた。

挨拶の習慣があまりないここでは、個々が自由に食事を始める。
その様を、アラウディはただジョットの隣で見詰めるだけ。
それが何時もの光景。



「アラウディ、お前もなにか…」

「いらないよ。いつも言ってるだろ」


傍らに立つアラウディへ向けてジョットは心配ながらに口を開いたのだけれど、まるで不愉快そうにその厚意を拒んだ従者。
小さく眉を寄せたままジョットから視線を外した刹那、此方を見詰めるスペードの視線とぶつかって、途端に口元へ厭らしい笑みを浮かべた彼から嫌悪感を露にそっぽを向いた。
己に微笑み掛けているのか何なのかは知らないが、たとえ本人が穏やかな笑みを浮かべていると信じ込んでいようが己の目には嫌な笑みにしか見えないのだから仕方がない。

元々スペードの纏う雰囲気というものはジョットやGとは違い、どこか気味が悪かった。
だからアラウディは本能的にスペードを嫌っていた。
それを知ってか知らずか、スペードは嫌がらせでもするかのように廊下ですれ違えば一々声をかけてくるし、ジョットのベッドシーツやらを洗濯していれば有能な従者は大変ですねえなんて嫌味事を挟みながら声を出す。
本当に、嫌なヤツだ。



「………ジョット。…食べ方汚い」

「ん?……おお…、本当だ…」


そんな事を心中で呟いていると側からGの溜め息が聞こえ、一体どうしたのかとその視線を辿ればやはりといった感じでジョットは期待を裏切る事なくまたもや仕出かしてくれた。
膝にナプキンを乗せていたからよかったものの、今更自分の失態に気付いたジョットの神経は何時もながら尊敬に値する。

よもやこの歳になってナイフやフォークを使えないバカではないだろうが、こうしてポロポロと周りに撒き散らす下品な食べ方はどうにかならないものか。
アラウディは呆れた溜め息を吐きながらジョットの散らした食べ滓を綺麗に片付けた。



「いつもすまない…」

「そう思うならその下品な食べ方を改めてくれる?…」


淡々と片付けを終えたアラウディに、ジョットは申し訳なさそうに声を出した。
その口調からして勿論あの下品な食べ方は意図的ではない事はわかる。
けれど、毎回毎回と失態を繰り返す行為は一組織の頂点として、はたして許してもよいのであろうか。
そんな事を頭で考えながら、相変わらずのジョットへ向けて小さく溜め息を吐いた。



「…わりぃなアラウディ。こいつ、昔っからどこか抜けててよ…」

「……構わないさ。それはあの時見ていて感じたからね」


すかさず来たGのフォローする言葉をあっけらかんとした態度で受け入れるアラウディに、Gはどこか可笑しそうに小さく笑った。
何が可笑しいのかと睨み付けたものの、そのGの表情が至極穏やかなものだったから、思わずといった感じで言葉を呑み込んでしまう。
悪態でもついてやろうと思ったが、今回はその顔に免じて大人しくしてやろう。

そう心中で呟いて、Gの言葉や己の言葉に不思議そうな眼差しを向けるジョットへ、早く食べろと軽く頭をしばいてやった。






........end

ねこアラを書きたかっただけでしたすみません。








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