嫌悪と溺愛





僕にとってあいつは敵。
大嫌いな、相手。




























「っ、…ぐ」
「誰と、会っていたんですか?」


暗く、広い廃墟の中央でボロボロに傷付いた雲雀が一人の男に仕打ちを受けていた。
ピクリとも動けない身体を、どうにかして相手から逃れようとぐっと腕に力を入れても、鋭い痛みが身体中を走って一ミリたりとも動けない。
そんな雲雀の目の前へ腰を落とし、その顎へ手を伸ばして無理矢理此方を向かせると、反抗的な鋭い眼光がスペードを突き刺した。
やはり、まただ。
いくら傷付け壊しても、雲雀がスペードに屈伏した事は一度だって無い。
スペードが大嫌いで、何より人の下に就く人物ではないのだから。
そんな意思の強い雲雀だからこそ、痛めつけて、泣き叫ぶ程にぐちゃぐちゃにして壊したい。
その反抗的な瞳を蹴落とす瞬間を、早く味わってみたかった。
早く、自らの掌へ堕ちてくればいい。
決して抜け出せない深い闇の中へ呑まれ、そうしてD・スペードという大嫌いな人間から逃れられなくなればいい。






















「恭弥」


その声は昨夜聞いた声とは全く違う、至って穏やかな声だった。
しかもあの薄暗い廃墟ではなく、白一面の清楚感ある小部屋。
その中央には一つの大きめな檻があり、部屋の四方から伸ばされた頑丈な鎖で吊らされている。
ロココ式独特な繊細且つ優美な曲線を描くその檻は、確かに四角なのだけれど、何処か美しさを感じる事が出来る。
そしてその檻の中に横たわる人物に向けて、スペードは声を掛けた。




「傷は痛みますか」


そんな言葉を耳で聞いて、うっすらと瞼を持ち上げる。
輪郭のボヤけた視界に映る、曲線を描いた檻の柵に、ああまた戻って来たのかと再び目を伏せた。
昨晩受けた傷が酷く痛むが、元々怪我なんて慣れているし、こんな事は日常茶飯事。
雲雀が何かしらの事で他人と関わると、必ずと言っていい程昨晩のように痛めつけられる。
それは、雲雀がスペードに捕まってからの事。
一目見て気に入ったなんて言葉を吐かれ、思わず吐きそうになった。
そして雲雀を見詰める先には必ずと言っていい程にアラウディという彼が出てくる。
初代雲の守護者だったという彼にとても良く似ていると身体を触れられ、ぞくりと悪寒が走った。
そして相手を渾身の力で蹴ってやっても、やはりアラウディに似ているという言葉ばかり。
そんな日から、雲雀はスペードに拉致されこうして監禁生活を強いられている。
雲雀が人と関わろうものなら昨晩のような仕打ちをされ、気絶するまで暴力は止まない。
そして囁かれるのは決まって愛していますという台詞。
本当は、自分ではなくアラウディに向けた言葉なのだろうと予想はしていたし、何より相手にそんな事を言われても嬉しくない。
元々一匹狼な性格で自由人な雲雀。
そんな面がアラウディとそっくりで、いつの間にか気に掛けていた自分がいた。
あの時代ではアラウディをこの手に堕とす事は出来なかったけれど、今回は必ず、手にしてみせる。
雲雀と今まで過ごしてきて、アラウディに向けていた己の感情が次第に雲雀自身へと変わり始めている事にスペードは薄々気付いていた。
この鬱陶しい程に歪んだ愛情を、どう現せば良いのだろう。
その答えが、これ。
アラウディを見て感じていた事が雲雀には全てが備わっていて、且つ幼い可愛らしい面も見える。
嫌がる雲雀もまた可愛らしく、今ではどんな雲雀でも愛しいと感じるようになって、痛みに歪んだ表情はなんとも美しい。
アラウディの綺麗な顔に傷が付いた時なんて、一瞬理性が飛んだ気がする。
アラウディの面影を追いながら雲雀をこうして監禁し、繋ぎ止めておくのには理由があった。
それは、相手の全てを手に入れたいという強い独占欲。
逃げないように強く縛りつけ、そして籠から逃げた時にはその羽をむしり取って飛べなくしてやろう。
大空彼方へ飛び立つ姿はもう見たくはない。
お前は、常に私を見ていればいいのだ…。
歪んだ性癖だと散々言われたけれど、自分ではこれが普通なのだからよくわからない。
ああ、早く私に甘えて大好きだと言ってくれ。
早く、早く…。
雲雀の全ては私のもの。
誰にだって渡さないし触れさせもしない。
大好きで愛しい愛しい雲雀。
さあ、今日はどんな姿で私を煽ってくれますか…?




「…恭弥、起きているのでしょう。返事をしなさい」


と、片手に持っていたステッキらしき物で檻の下部をコツコツと叩いた。
それ程に高くはないが、少し頭を持ち上げて雲雀が見える程度。
それでも返事をしない雲雀に、スペードはニコリと口元を緩める。
そして籠の下部にある何やら鍵のような物をステッキでカチッと外してやったら、ドサリと身体が降ってきた。
ああ、なんて可愛らしい。
突然の衝撃に受身も取れず、昨晩の傷と身体を打ち付けたその鈍痛が加わって、叫びたくなるような激痛に堪えた。




「傷は、大丈夫ですか?」


と、動けもしない雲雀の顎を持って優しく問いかける。
けれどそんな相手に雲雀はぺっと唾を吐き捨て、憎悪の含む声音で言葉を口にした。




「汚い手で触るな…っ」
「……ヌフフ」


ぐいとその唾を拭い取ると、同時に傷付いた顔を思い切りステッキで殴り飛ばしす。
避ける事も出来ず床へ転がると、意識朦朧とする頭を必死に起こそうとキツくスペードを睨み付ける。
何処まで追い詰めればこの瞳は堕ちるのだろう。
くすりと小さく笑って、スペードは再び雲雀の元へと足を進めた。
そして口端から流れる新しい血液を指先で拭い取り、ペロリと舐めて飲み込んだ。
気持ち悪いと吐き捨てる雲雀に笑顔で返事をして、その漆黒に光る髪を強く掴むと、強引に顔を持ち上げた。
そうしてそのまま口付けてやって、嫌がる雲雀に一粒の錠剤を飲み込ませ、ゴクリと喉へ通った事を確認してからゆっくりと口を離す。




「なに、した…っ」
「さて…何でしょうか…」


小さく呼吸を乱しながら、それでもやはり反抗的な強い眼差しは変わらない。
くすりと笑って誤魔化すと、早速薬の効果が効いてきたらしく、目の前の雲雀が苦し気に眉を寄せ始めた。



「ぁ…つ、ッ…」


ズキンと痛む頭を押さえ、目も開けられないようでただ激しい痛みに身体を丸めて耐えている。
頭の芯からドクドクと熱い熱が身体を支配していって、呼吸も絶え絶えに必死に抗う雲雀の姿。
いくら傷付けようとも、身体への傷は慣れているようだがやはり内部からの刺激には弱いらしい。
今にも気を失いそうだ。




「この薬は、記憶を混乱させたり、思考能力、判断力、能には欠かせないそれを全て乱してくれる素敵な薬です……。さあ、ゆっくり眠りなさい、恭弥…」


記憶の薄れゆく中で辛うじて聞こえたスペードの声に、雲雀は一言最悪とだけ呟いた。
フッと意識を飛ばし、ぐったりとする雲雀の身体を抱き上げて、喜色満面の表情をしたままスペードは静かに歩を進めていった。























…これから始まる華やかな世界に、一つ乾杯をしよう。
さあ、歪んだ世界へいらっしゃい。
愛しい愛しい……貴方の世界…。













........end

意味不明な設定ですみません…
オチが本当に下手くそで申し訳ないですorz







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