彼にはやはり黒猫を





「雲雀くん!!!」


バタンと開けられた応接室の扉。
鬱陶しそうに視線を向けると、その相手…ではなく相手の腕に抱かれている生物に眉を寄せる。
というよりいつからこいつは応接室へ通うようになったのだろうか。
稲妻型の分け目を辿ると頭の天辺には見事なフサが聳え立つ。
そんな不思議且つ怪しい髪型をした六道骸。
腕に抱いた生物を、あろうことか今の今まで書類整理をしていた雲雀の目の前へ躊躇もなく降ろした。




「君バカなの?」
「え、何がですか?」


ケロリと答える骸の反応に雲雀は盛大な溜め息を吐く。
とにかく早く退けようとその黒い生物に手を伸ばすと、手に触れる事も無くスルリとすり抜けてしまい、書類の積まれたそこを踏み台にしてストンと床に降り立った。
当然書類は見るも無残に散らかる訳で。




「………」
「…雲雀くん…?」


ふるふると震える拳に気付く骸ではない。
不思議そうに問い掛けた刹那、目の前に星が散った。




「これ責任取ってさっさと直して」
「っ……はい?」
「僕はアイツを捕まえる」


殴られた頭を押さえて激しい鈍痛に耐えていた最中、雲雀に掛けられた言葉が直ぐには理解出来なかった。
付き合っていようが何だろうが誰にでも容赦のない雲雀。
そんな雲雀が骸は好きなのだけれど、椅子から立ち上がる雲雀の行先を辿ると高級そうなソファーへのんびりと寛ぐ黒い生物。
捕まえると口にした雲雀の言葉。
ハッとした時には既にそれが目の前で繰り広げられていた。
ある意味で骸が一番見たかった光景。
変態なんて言葉は今更だ。




「っ…待ちなよ…!」
「ミャオ♪」


そう。
それは只の追い駆けっこ。
なのだけれど。
あの最強の風紀委員長として恐れられている雲雀が、ただの黒猫一匹目掛けて懸命に追い駆ける様。
ああ…なんて極上の至福。
骸がはあ、とあらぬ溜め息を漏らした時、目の前に迫る黒猫の顔。




「っちょ、まっ…!!」
「このバカ…!どうして捕まえないの!」
「す、すみませ…っ」


黒猫を追い駆ける雲雀に見とれていた、だなんて言える訳がなくて。
そもそも骸からして見れば雲雀もある意味で良い猫だ。
骸に罵声を浴びせた後に再び黒猫を追い駆ける雲雀。
靡く学ランが今では飾りにしか見えない。
猫が猫を追い駆けているようにしか思えず、骸は緩んだ顔で一人と一匹の追い駆けっこを見つめていた。




「この…!いい加減にしなよ…ッ」
「ニャオ?」
「ねえ…骸。君は早く書類整理して」


もうすぐという所で手の内をヒラリとすり抜ける黒猫。
すばしっこいその動きに雲雀が苛立つには時間の問題で。
書類も片付けずただ突っ立っただけの骸に鋭い視線を向けると、雲雀は前触れもなく愛用の武器を投げ付けた。




「っわ、かりましたよ…!」


頬を掠める金属のそれに、サッと血の気が引いた。
引き吊りながらも返事をして、取り敢えず手は動かしているものの視線だけがどうしてもそっぽを向いてしまい、視界に映る一人と一匹に頬が緩みっぱなしだ。






























数時間のそれを繰り返していると、猫の方が疲れてきてしまったようであっという間に雲雀の手の内に捕まってしまった。
遊び疲れたのか雲雀へゴロゴロと甘える黒猫。
走り回った雲雀も既にボロボロではあったが、やはり最強と言われるだけに然程乱れている訳でもない。
少々不機嫌そうにソファーへ腰掛けると、その膝へと猫を下ろす。
すると、黒猫は雲雀の頬へ擦り寄りペロペロと舐めて好意を示した。
遊びに付き合ってくれた雲雀に懐いたという所だろうが、骸にしてみれば少々面白くない。
一人物足りなさそうに見つめていると、雲雀が黒猫を両手に持ち上げながら問いかけてきた。




「この子何処の子だい?」」
「…ああ……。まあ、そこら辺で拾ってきまして」
「……なにその理由」


骸の曖昧過ぎる答えに雲雀が呆れた表情をした時だった。
両手に掴んでいた猫がスルリと抜け、雲雀へ抱き着こうとしていたのだろうが運悪く飛び込んだ所が丁度雲雀のシャツの中。




「っ…!!?」


驚きに目を丸くした雲雀が慌てて猫を出そうと釦を外すのだけれど、飛び込んだ猫の方も当然パニックな訳で狭いシャツの中で必死にもがいた。




「……雲雀くん…?」
「骸…っ!ちょっと、手貸して…!」


シャツの中で暴れる猫は、無我夢中で雲雀の素肌に爪をたててどうにか出ようと懸命だ。
けれど猫の毛の感覚と爪の痛みに、釦を外す雲雀の指先がふるふる震えてしまってどうにも出来ない状況。
様子がおかしい雲雀に声を掛けてみると、何やら危ない状況のようだ。(色んな意味で)




「ほう…成る程」
「っ、暢気に見てないで早く外せ…ッ」
「クフフ…まるで誘っているようですね」
「殺されたいの?」
「すみません…」


何時もならば「咬み」も入っているのに。
まさか殺す単品でくるとは…。
大人しく謝って雲雀のシャツへと手を掛ける。
一つ一つ外していって、全てを外した所でやっと猫が飛び出してきた。
安堵から大きな溜め息を吐く雲雀の肌は、猫の引っ掻き傷で所々傷付いていたが当の本人は解放された事実に安堵するばかり。
たいして傷はどうでもいいようだ。
露になる雲雀の素肌を見ていたら、何だかムラムラしてきた。




「…雲雀くん……」
「ああ…、助かったよ」
「違うんです」
「…は?」


何が違うんだと眉を寄せた雲雀に、骸は前触れもなく口付けた。




「…っ、!」


驚きに目を見開く雲雀に、骸は再び口付け直してその身体を強く抱き締めた。
そんな骸の行動は理解し難い雲雀だったが、抵抗する事はせずに相手の身体へ腕を回した。
そうして自ら口を開いて、骸の唇へと舌を這わす。




「ん…ふ、」


開いた骸の咥内へ舌をするりと入れて、そうしてどちらともなく舌を絡め合わせる。
くちゅりと響くその水音が部屋の空気を色付かせ、二人の思考を甘く溶かした。






























こんなつもりで黒猫を連れて来たわけではなかったのだけれど…。
何はともあれ、甘い一時を過ごせて良かったなと骸は思った。
雲雀には黒猫が似合うと思って咄嗟に買ってしまったのだが…。(有幻覚で)
今回の雲雀を見て、今度はきちんと黒猫の耳と首輪を持って来ようと思った。
そんな姿で本物の黒猫を抱き締める雲雀を想像したら、なんだか居ても立ってもいられなくなり黒曜へ向かう足が何故だかデパートへ向かっていた。




「雲雀くんが黒猫になってくれれば良いんですがねえ…」


なんてポツリと漏らした夕暮れ時の事。














........end







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