馬も跳ね馬も強壮です





「へえ、楽しいね」


晴れ晴れとした青空の下で、広い高原に建つのは控えめな木造建築の家。
その周りに広がる草原の上で、雲雀は白馬に跨がって楽し気に声を漏らした。
その鬣と尻尾は、オレンジ色の澄んだ色を風に靡かせている。
ふわりと首を撫でながら、テラスに座る金髪の彼に視線を向けた。




「だろ?スクーデリアは良いヤツなんだよな、オレに似て」
「どの口が言ってるの」


此方にひたすら笑顔を向けながら、ディーノのニカッと笑うその表情はとびきりに眩しいもので、雲雀が好きなものの一つ。
冗談だという事はわかっているが、それでも彼のペースに乗せられまいと反抗するかのように声音は冷める。
そんな雲雀の反応が嬉しいのか、きらきらと眩しい笑顔を無意識に振り撒くディーノからぱっと顔を背け、そろそろお腹が空いたとスクーデリアの背中から降りようとした刹那、いつの間にか側へ来ていたディーノに脇を掴まれ、ほい、とか言われて地に足を下ろされた。




「…バカにしてるの?」
「ちげーよ。スクーデリアはオレ用の馬だし、恭弥にはでかいだろ?もし落ちたらあぶねーからさ」


途端に口を尖らせて拗ねた顔をすると、目の前に立つディーノは雲雀の頭をふわふわと撫でて、色気の含む瞳で真っ直ぐ雲雀を直視した。
みっちり鍛えてやるとか言いながら強制的にイタリアへ連れて来られ、そうして今まで様々な場所を転々として以前と然程変わらぬ修行が続いた。
違う事といえば日本かイタリアかという国の違いぐらい。
ディーノの言葉は最もな理由だが、落ちるなんて不様な真似はしない。
あなたじゃないんだから…。
そう心の中で呟いて、ディーノの視線からフイとそっぽを向いた。
現代のディーノとは遥かに違う雰囲気を醸し出す十年後のディーノ。
数日を共にしてきたけれど、やはり馴れない。
その色気の含む瞳で直視されると、暖かな気持ちと共に此方が恥ずかしくなってきてしまってディーノを見詰める事が出来ない。
そして幾分大きくなったディーノの身体。
抱き締められる度に己の身体は違和感を感じ、離してと何度嫌がった事か。
そんな抵抗も容易く塞がれ、染々と感じる事はこの強さの差違。
だから先程のように軽々と抱き上げられる。
今に始まった事ではないが、現代の彼はあまり頻繁にはしなかった。
沸々と湧き出る不服に、雲雀は一層眉を寄せる。
そんな雲雀に直ぐ様行動を起こしたのは、ディーノではなく背後に大人しく立っていたスクーデリアだった。
ペロリと頬をなぞる温かな舌の感触に、雲雀は咄嗟にそちらへ顔を向ける。
と、その途端。
真正面からベロリと舐められる感触に、ぞわりと身体中が栗立った。
身体を硬直している雲雀に、スクーデリアは甘えるように顔を擦り付けてひたすら舌で感情を現す。
そんな光景を目の前に、ディーノは途端に雲雀を腕に納めた。




「こら、スクーデリア。恭弥を困らせんな」
「ヒヒン…ッ」


まるで返事をするかの如く声をあげたスクーデリア。
しかしディーノの言葉に承諾した訳ではないのか、腕に納まる雲雀に顔を寄せて懸命に舌を伸ばす。
当然、顔中をペロペロと舐められていれば唇だって舐められているわけで、ディーノはそれを間近で視界に入れてしまい、ギョッとした顔でスクーデリアから距離を取った。




「おま…っ、き、きょーやに、キスしたなこのやろう…!」
「…ヒン…?」


何が?とでも言いたいのか、クタリと首を傾げるスクーデリア。
きっとキスなんて意識も無く、ただ雲雀に甘えたかった理由からの愛情表現で舐めていたのであって、ディーノが距離を取った理由もわからないのだろう。
二人に向けて足を進めると、ディーノは雲雀を強く抱き締めたまま後退していく。
そんな光景を大人しく見ていた雲雀だったが、ぐい、と顔を拭ってディーノを見上げた。




「ねえ、可哀想だよ」
「しょうがねえだろ、スクーデリアが恭弥にキスするんだから」
「……キスじゃない」
「いいやキスだ、あれは絶対キスだ。口と口がくっついた時点でキスなんだよ恭弥…っ!」


まるで子供が玩具を取られまいとするかのように背中からぎゅうぎゅうと抱き締められ、流石の雲雀もウザったそうに眉を寄せる。
第一、あんな事で嫉妬してどうするんだ。
早く離せと身を捩るものの、ディーノは雲雀を抱えたままズンズンとハウスへ向かう。
スクーデリアは待ってというかのようにディーノの後を追って駆け出し、まさか走るとは思っていなかったのか、驚いたディーノがうわ、とか言いながら此方も駆け出そうとした刹那、案の定足を絡ませてそのまま地面に突っ伏した。




「って〜…ッ」
「…痛いのは僕だよ。早く退いて、重い」


腕に雲雀を抱えたまま、愛しい少年庇う間も無く突っ伏したディーノはそのまま雲雀を下敷きにして倒れてしまったらしく、一人唸っていると下からの声に慌てて身体を起こした。




「わりい!恭弥、大丈夫か?!」
「…平気だけど、貴方もスクーデリアも落ち着きなよ。さっきから鬱陶しい。ロール達はあんなに楽しく遊んでるのに、なんかバカみたいだ」


身体を持ち上げてシャツや学ランに着いた草を払いながら、雲雀はテラスの上で遊んでいるロールとヒバードを一瞥し、再びディーノに視線を向ける。
此方のバカのような事態を気にせず、互いに戯れる二匹は確かに見ていて平和だ。
ディーノはトサリと腰を下ろして、頭を掻きながらごめんなと謝った。
勿論、スクーデリアにも。
腰を落とした二人の気配をそれとなく感じたのか、スクーデリアはディーノに頬を寄せてからテラスに向かってゆっくりと歩いていった。




「…持ち主に似る所もあるんだね、あの馬」
「だから悪かったって恭弥。怒るなよ」
「別に怒ってない」


蔑んだような視線をわざとディーノに向けてやると、ぐっと身体を寄せられて困ったような笑顔のまま後ろから抱き締められた。
大して怒りの感情も無い為に素直にそう答え、ただ気になる顔の感触に眉を寄せてぐっと口元を拭う。
それを見ていたディーノがごくりと静かに唾を飲んだ。




「なあ恭弥、こっち向いて」
「やだ」
「…なんでだよ」
「向けないから」
「上向けばいいだろ、こうやって」


頭上から聞こえる低いトーンの声が、心地好く雲雀の鼓膜を震わせた。
けれどそれを即答で拒否し、どう考えても身体が密着している状態で後ろを向くなんて苦しいに決まっている。
だからこそ断ったのだが、身体に回っていたディーノの手が雲雀の顎に触れ、何をするんだとその刺青の映える腕を睨み付けた矢先、くっと掴み上げるかのようにして顔を持ち上げられ、拒否をする間も無く唇が塞がれた。
きゅっと瞼を閉じてそれを受け入れると、軽く顔を横に向けられ触れ易い形にしてくれた。
薄く開いた唇を割り開き、ディーノの熱い舌を口内に招いてぐちゃぐちゃに掻き乱される。




「っ、ん…ぅ」


ディーノに絡めようと舌を伸ばすものの、彼の熱い舌は雲雀の上顎をなぞったり歯列をなぞったり内肉を舐めたりと縦横無尽に溶かしていき、絡めようと伸ばしていた舌もくたりと力尽きて口内に溢れる唾液を懸命に喉へ押し込んだ。
そんなタイミングで力尽きた舌を絡め取り、強引にも甘い愛撫を与えて雲雀もそれを受け入れた。
飲み込みきれない唾液を口端から溢し、時折強く舌を吸われる度にビクリと雲雀の肩が跳ねる。




「っ……は、ぁ」
「ッわり、長すぎた。大丈夫か恭弥?」


ゆっくりと唇を離していき、互いを結ぶ糸が切れると力が抜けた雲雀の身体を支えてディーノは声を掛ける。
力無いながらもしっかりとディーノの上着を握る雲雀の手。
そんな雲雀に幸せそうに小さく笑い、その蕩けた瞳にディーノは理性を必死に繋ぎ止めた。
熱に浮かぶ雲雀の瞳は水気が含まれ、吊り上がる眉も今ではくたりと下がって、瞳には反抗的な色よりも焦点の定まらないぼんやりとした欲がチラついて見える。
完全に身体をディーノに預けているというこんな状況も堪らなく嬉しいのだが、それでもディーノは理性を繋いだ。
何故なら、この雲雀の身体は現代のディーノのものであって、自らが汚していい身体ではない。
そう考えているからこそ、これ以上の手出しをしたくとも抑えるしかない。
けれど、愛しいのも確か。
未だ力が戻らない小さな身体を背中からぎゅうぎゅうと抱き締めながら、胸に溜まる愛しい感情をじんわりと感じる。
これだけでも…幸せだ。




「…あなたは、がっつかないんだね」
「え?」
「……過去のあなたなら、今の、必ず押し倒してたか何かしら手が伸びてくるのに」
「あ…はは。いやあ、オレも若いって事だな」
「見た目だけじゃなくて中身までちゃんと大人になったんだね。見直したよディーノ」


まるで上から目線の雲雀の言葉。
いや、不思議な事ではないけれど。
身体を捩り、小さな子供を褒めるようにしてふわふわなディーノの頭を撫でる雲雀。
なんだか、複雑な気分になった。
あれ、まさか…がっつくのを期待していたのではなくて、がっつかれる事に鬱陶しさを感じていたのか?
いや、だとすれば現代の自分はどうなる。
若いっていいなと思ったが、そんな言葉は即刻取り消しだ。




「…恭弥のばかやろー」
「黙りなよへなちょこのクセに。あなたにがっつかれると次の日下半身動けないんだ。ほんと迷惑」
「すいません…」
「まさかこの時代の僕にはがっついてないと思うけど、足腰たたなくしたら咬み殺すから」


既に何度も激しい行為を済ませているディーノの口から、はいという返事が出る事は無かった。
いや、寧ろこの十年がっつき過ぎたのか、この時代の雲雀はいくら激しくしようが次の日には完全回復している状態。
何より誘い方が上手くなって、振り回されるのは自分だったりもする。
主導権がどちらかなんて全くもって無意味。
しかしそんな十年後の自分を案じて警告するこの雲雀もまた可愛らしい。
久方ぶりの幼い雲雀。
こんな雲雀を目の前にして、熱くならない方が不思議だ。
ああ、ここに恭弥が二人いればなと、口をだらしなく緩ませるディーノであった。








........end

あれおまいら修行どうした((あ
ディーノの第一声が「えらい」と「良いヤツ」で迷ったんですが、「えらい」にするとわたしの思考上、雲雀が「エロいの間違いじゃない?」とか言いそうだったのでやめました。
というそんな葛藤がありましたという報告ですすみません…。
結局何が言いたいのか…いつも迷子ですみません。







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