3話





日も沈み始めた夕方頃。
ディーノは一人、雲雀の地下屋敷へ足を運んでいた。
いつもとは違い、緊張しながらガッシリと閉まる鉄の扉に手を当てて、雲雀の名前を呼んでみる。
当たり前だが中からは何一つ音となる返事が無く、今一度大きな声で叫んでみたがやはり何も応答無し。
これがもし外ならばここでディーノは諦めていたが、何しろ地下なので他の家に声が聞こえる訳ではない。
扉を開けるパスワードなんて知る訳が無いのだから、ディーノは必死に扉を叩いて叫び続けた。




「恭弥!なあ、話したい事があんだよ。ここ開けてくれ!」


そしてそんな事を懸命に続けていると、中の人物はいい加減にしろと言わんばかりの怒りの声音で黙れと一言。
声が近くに感じるという事はそれだけ雲雀も側にいるという事。
しかしそれでも扉を開けないとは何とも頑固というか、警戒心が強いというか。
とにかく、雲雀がやっと会話をしてくれた訳なのでディーノは雲雀の機嫌をこれ以上損ねないよう、言葉に配慮しながら落ち着いた声で言葉を口にした。




「あのな恭弥。お前と少し話がしたい。ここ開けてくれねえか?」
「嫌だ。僕は何も話す気は無いよ」
「ままま待ってくれ!!此だけは引けねえんだ、お願いだから行くな…!」


話す事と言われても自分は何も話す事が見つからない訳なのでさっさと部屋に戻ろうとした刹那、背後で鉄の壁の奥から必死の声音で呼び止められた。
彼に行動を先読みされているという事実に少なからず腹が立ったが、あまりにも真剣且つ必死なディーノにピタリと足を止めて、仕方ないと再び扉越しに向かい合う。




「で、何?話って」
「……お前、俺の事どう思ってんだ?」
「どうって。只のうざい奴」
「そ、っそういうのじゃなくてよ…!お前は俺の事好きかって聞いてんだ」


その言葉に雲雀の眉がピクリと動く。
暫く考えるようにして黙っていた雲雀だが、直ぐ様ふっと口元を緩めて怪しげに口角を持ち上げた。




「ああ、好きだよ。あなたをぐちゃぐちゃに咬み殺して、息絶えるまで殴り殺したいと思う程度には」
「は…何だよそれ……。お前、俺の事嫌いって言った事ねえけど、本当は俺の事…」
「黙れ。それ以上戯れ言抜かすようなら僕は帰る。自意識過剰にも程があるよ」


扉へひたりと手を当てて、もっと近くで声を聞きたいと耳を押し当てる。
しかし返ってきた言葉に思わず笑った。
雲雀らしいその返事。
雲雀にならば…殺されても本望だ。
そう思いながら言葉を並べていくと、雲雀の一際冷たい声がディーノの言葉を遮った。
付き合ってられない。
そう判断した雲雀がくるりと背を向けたタイミングで、扉越しにディーノの声が呼び止めた。




「なあ、正直に言ってくれよ!お前、俺が好きなんだろ。素直になれよ、俺はお前が世界一好きだし愛してる。なあ、恭弥…っ」


まるで我が儘な餓鬼。
扉に縋り着きながら訴えかけるディーノの声はいつになく弱々しかった。
しかし一体どこからそんな確信した言葉が出てくるのだ。
今まで、一度だってそんな態度を示した事は無いのに。
雲雀は静かに拳を握りしめ、苛立ち気に奥歯を噛みしめた。




「世の中、あなたみたいにバカ正直なヤツばかりじゃない。言いたくても言えない奴だっている。そんなあなたに、僕の気持ちなんてわかる訳がないだろ。わかったような口利くな」


俯いた雲雀が、奥歯を食い縛りながら話す声音は何とも苦痛に満ちていた。
雲雀の気持ちを、そこまで深く考えた事が無かった。
言いたくても言えない…。
その悲痛な言葉に、ディーノはぎゅっと唇を噛み締めた。
ただ冷たいだけではなかったのか。
ディーノはてっきり嫌われているとばかり思っていて、心の何処かで雲雀は素直でいいよなと確信してしまっていた。
途端に襲い来る罪悪感に、ディーノはすまんと力無く言葉を漏らす。




「…なあ、お前の…本当の気持ちを教えてくれねぇか?俺が本当に嫌いなら嫌いでいい、お前の…恭弥の本当の気持ちが知りてえんだ」


扉に額をくっ付けて、ディーノは弱々しいながらも何処か力強い声音で静かに口を開いた。
静かな空気が扉を隔てた二人を包み、その力強いディーノの声に雲雀はただただ口を閉じる。
嫌いではない。
相手を心から嫌いだとは思った事は無いが、しかしディーノの好きという感情と自分の感情は何だか違う気がする。
嫌いではない、しかしこの感情を好きと言っていいのか。
ただ、気になるだけ。
他の人間よりも、リボーンよりも、綱吉よりも、ただ気になるだけ。
ディーノが此方へ来る度に、自らの胸は戦いの喜びよりもまた違った高鳴りが湧き出て、自分の中に見知らぬ感情が出てくる事に苛立ちを感じてはディーノに対しての態度が冷めてしまう。
冷たく接する度に、少しでも彼が興味を持ってくれればと心の隅で願う自分がいた。




「……わからないよ」
「…恭弥」
「わからないんだ、この気持ちが一体何なのか。僕の知らない感情が、僕を壊していく…。あなたを見てると、自分が自分で無くなりそうで嫌なんだ。あなたみたいに…簡単に好きなんて言えない」
「ちげえよ…」
「……?」
「俺が、俺がいつ簡単に好きなんて言ったよ…!俺は好きな奴以外に好きなんて言わねえ。自分の気持ちに素直だからこそ、真っ直ぐに生きていられる。全てとは言わねえ…けど、こういう時だからこそ素直になれよ。素直に…なってみろよ」


じっと、静かに雲雀の言葉を聞いていたら自然と胸が締め付けられるのを感じた。
苦しいとは違う、幸せな気持ち。
けれど簡単にという言葉に思わず反抗して、ディーノはぐっと拳を作った。
簡単に好きなんて言えない、雲雀が好きで愛しているからこそ伝えられる言葉。
本当なら、好きも愛してるも足りないぐらい。
言葉に表せない位に雲雀を愛しく感じ、十年間好いてきたのだ。
ディーノの言葉を聞く度に、何だか胸がチリチリと焼けるように痛む。
痛いけれど、何故だか心地好さも感じる。
胸に響く力の籠る声が、雲雀の意思を優しく溶かした。
握りしめていた拳を解いて、雲雀は扉の暗証番号を入力しロックを外し、それと同時に扉は開かれて、今まで扉へ身体をくっ付けていたディーノは慌てて身を引くと驚きの籠る鳶色の瞳が真っ直ぐ雲雀を映した。




「…勘違いしないでね。いつまでも扉越しに話すのが面倒なだけだから」
「恭弥…っ!」


視界に飛び込んでくるのは黒い着流しを身に纏う雲雀。
嬉しさのあまり遮る物が無くなった雲雀の元へ駆け出して、その声が耳に届いているのかはわからないまま、抱き着こうと両手を広げて迫っていった。
けれどそんなディーノとは裏腹に、至って冷静な雲雀はディーノの額に手を置いて一定の距離を保った。




「こんな場所で話したくないしあなたに触りたくない」
「それって部屋行ったら触っていいって事か?」
「何でそうなる訳?もういいよ…入れば。お茶ぐらい出してあげる」


ディーノのあらぬ勘違いに眉を深く寄せ冷ややかな視線を向けてやると、雲雀はすっと手を離して中に入るよう促した。
屋敷の中へ足を進める雲雀の背中に抱き着きたい衝動を抑えながら後に続いていくと、よく綱吉やリボーン等が集まる客間へと導かれた。
雲雀の屋敷に来ると案内される場所はここしかない。
だからディーノも度々情報提供の為だったり会議だったりで足を運んだ事はある。
ここまでだろうと畳の上へ腰を下ろすと、雲雀はチラリとディーノが座ったのを確認して、早速お茶でもたてようと別の部屋へ続く襖に手を掛けた刹那。
座っていた筈のディーノの影が背後から雲雀に降りかかり、手を掛けた腕を掴まれて動きを止められた。




「離して」
「嫌だ。まだ、お前にハッキリ返事聞いてねえしお茶なら後でいいからよ。今ここで聞かせてくれ」
「どうして急ぐ必要が…」


そこまで言いかけた言葉を遮るように、ディーノは雲雀の身体を反転させて強く強く抱き締めた。
当然驚くや否や雲雀は離せと抵抗するが、聞かせてくれよと意の籠ったディーノの言葉に、雲雀はゆっくりと力を抜いていく。




「……嫌いじゃないよ。でも、好きでもな…」


長い沈黙の後に俯いた雲雀の口から微かな言葉が漏れた。
そして好きでもないと補正しようとした途端、ぐっと後頭部を掴まれて、目の前に迫るのは綺麗なディーノの顔。
触れるだけの口付けを、雲雀は驚きのあまり目を見開いて受け止めた。
そしてゆっくりと離れていくディーノの顔から視線が外せないまま、まるで時間が止まったかのような錯覚を引き起こす。
しかしハッと意識を取り戻すかの如く瞬きを繰り返し、直ぐ様自分のされた状況を理解した。




「なにするんだ…っ」
「恭弥が可愛すぎてついな。嫌だったか?」
「嫌、凄く嫌。不愉快、気持ち悪い」
「そう言うなよ、俺泣きそうだぜ」
「泣けばいいよ、僕がもっと泣かせてあげるから」


ぐいっと唇を拭う雲雀の姿に少々傷付きはしたが、お陰で逃げようとは暴れなくなった。
雲雀にとってのキスはこれが初めてではないが、少なからず過去にそれを奪ったのも自分な訳なので取り敢えずは良しとしよう。
愛しい身体を強く強く抱き締めて、雲雀の香りを目一杯吸い込んだ。
十年前と変わらない匂いはとても落ち着いて、穏やかな気分になる。
此れからもずっとずっと、この愛しい温もりを大切に抱き締めていたい。









........end




おまけ有り。







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テーマ「人外ファンタジー」
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