【メロンパン】


今日はバラエティ番組の収録の後、夜からラジオの生放送がある。
数時間暇になってしまったので、少し時間を潰そうと街を散策していたところで、櫻井さんとばったり会った。

以前、CM撮影で会った時のスーツ姿と違い、水色のストライプのワンピースを着た彼女があまりに女性らしく、妙に緊張してしまう。


少し付き合ってほしい、と言われ櫻井さんに連れて来られたのは、駅から少し離れたところにある、広々とした公園だった。



「……このような所が、」
「はい、結構穴場なんですよね」
「えぇ……知りませんでした」
「すみません、私の気分転換に付き合ってもらっちゃって。……あ、周りにバレたりとかしたら大変ですよね」
「一応変装してますし、大丈夫でしょう。案外、気付かれないものですよ」

意外ですね、なんて笑いかける櫻井さんと他愛もない話をしながら、ゆっくりと公園を歩く。最近忙しかったせいか、こんな落ち着いた時間を過ごすのは久しぶりだ。隣に立つのが、最近出会ったばかりの櫻井さんという点が、何とも不思議ではあるが……だが嫌な感じは全くしない、むしろ心地良いと思うくらいだ。


しばらく歩みを進めたところで、彼女がお目当てのものを見つけたようで、あ、と小さな声を上げた。少し駆け足で目的のものまで近付いた彼女は、楽しそうに笑ってワゴンを指差した。


「あった!聖川さん、お腹空いてないですか?」
「え?えぇ、まぁ…」
「そうですか、ちょうどよかった!」


そういえば収録が中途半端な時間で、昼食を取り損ねていた。確かに少し小腹が空いた気がする。

櫻井さんが指差した看板に自然と目が輝く。そこのワゴンから漂ってくるのは、遠くからでも分かる香ばしい匂い。


「これは…!」
「私の好きなパン屋さんなんですけど、週末ここでメロンパンの出張販売をしているんです」


好物の匂いに思わず心が躍る。人気のある店のようで、ワゴンの前には数人が列を作っていた。


「私、買ってくるのでそこのベンチで待っててください」
「あ、えっと…」
「ちょっと行ってきます」

敬礼のポーズをしてにっこりと笑い、ワンピースを揺らしながらメロンパンのワゴンへと駆けていく彼女。

軽やかな足取りで進むその後ろ姿を見送る。まるで小さな少女が遊びに出かけるように、楽しそうに走っていく櫻井さんを見て、


「(印象がだいぶ変わるな…)」


純粋に、可愛らしい人だと思った。

一番最初に会った時の、しっかりとした印象とはまた違う。プライベートでの櫻井さんを見るのは当然ながら初めてで、それが余計に新鮮な気持ちにさせる。




ほどなくして、メロンパンを二つ手に持った彼女が戻ってきた。紙に包まれた、こんがりと焼かれた大きめのメロンパンを、ひとつ差し出されて受け取った。

「はい!聖川さんの分です」
「ありがとうございます…すみません、代金を、」
「いいんです!CDのお礼ですから」


何度か同じやり取りをするが互いに譲らず、結局今回はお言葉に甘える事にした。

二人でベンチに並んでメロンパンをかじる。
外側の生地がサクサクで、甘さもちょうどよい。
これは…美味だ…


「う、美味い…!」
「でしょ?ここのメロンパン最高なんですよー」
櫻井さんもニコニコと笑いながら、美味しそうにメロンパンを頬張る。


「どうしてここへ?」
「だって、聖川さんメロンパンが好きなのかと思って」
「え……?」
「ほら…撮影の時にスタッフの方がパンを何種類か差し入れしてくれてたでしょう?聖川さん、迷わずメロンパン選んでたから。好きなのかなと思って」

その時目がキラキラしてましたよーと言われ、気恥ずかしくなった。そんなに分かりやすかったのか…。


「み…見られてましたか」
「見ちゃいました」

舌を出し、悪戯が成功した子どものように笑う櫻井さんを見て、心が温かい気持ちになった。

不思議だ。この感覚は、何だろうか。



「駅まで送っていただいてすみません」
「いえ、」
「CDまでありがとうございました。たくさん聴きますね」
「はは、ありがとうございます」
「じゃあ…また」


そう言って手を振って歩いていく櫻井さん。
その『また』が来ることを願ってしまう、らしくもない自分に少し驚く。


彼女は、不思議な女性だ。




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