星空の下で
夕餉の片付けも終わり、夜の帳が降りた頃。
そろそろお風呂にでも入ろうかなと思っていたら、襖の向こうから声が聞こえた。
「小娘ちゃん……」
密やかにささやくような低い声。
すぐに襖に向かおうとして、立ち止まった。
踵を返し、鏡台の前に座り込むと、きれいな蒔絵の引き出しを開ける。
そこには、以前、土産だともらった物があった。
今度声がかかったら、持っていこうと思って取っておいたのだ。
それを取り出し、近くにあった紙に包むと袂に入れる。
それから襖を開いて顔を出すと、すぐそばにいた慎太さんと目が合った。
「しん……っ!!」
大きな手でふさがれて、言葉が途中で遮られる。
「しーっ!静かに。大きな声を出したら気づかれてしまうっス」
「ごめん」
隣を気にしながら、ささやきだけで会話して。
手を取り合って、そうっと音を立てないように庭に下りた。
庭の隅の、庭木や置き石に隠れて見えにくくなっている場所。
そこに星がきれいに見える夜だけ、慎太さんはこうして私を誘ってくれる。
見上げた空は、今日もたくさんの星で埋めつくされていて、
「きれいだね」
って言ったら、隣で同じように見上げていた慎太さんが頷いた。
最近、寒くなったせいか、星が前よりも近くなった気がする。
夏には高くて遠いところできらめいていた星たちが、寒さと一緒に下りてきて、グッと迫ってくるような。
手を伸ばしたら、本当に掴めそう。
「……小娘ちゃん?」
隣から聞こえてきた声にハッと気づけば、私の手は高々と挙げられていて、にぎにぎとむなしく空を掴んでいた。
やだ……これじゃあ、ちょっと怪しい子だよ。
慌てて手を引っ込めて、
「あ、あの……これはね、吸い込まれそうなほどきれいな空だから……星が掴めそうだなって思ったっていうか……」
恥ずかしくて、言葉を途切れさせながらも、なんとか言い切った時、くすっと笑う声が聞こえた。
笑われたー!!
かぁっと頬が熱くなる。
そうだよね。
ちょっとドリーマーかなって、自分でも思ったもん。
「本当にきれいな空っスからね」
「でも、それなら……」と言われた途端、感じる浮遊感。
足元がふわふわと心許なく浮いて、視界がぐんと高くなった。
「ほら、こっちの方がより掴めそうでしょう?」
いつもよりずっと下の方で、慎太さんが穏やかに笑った。
こうやって、慎太さんは私が言う事をちゃんと聞いてくれて、それに付き合ってくれるんだよね。
それがうれしくて、慎太さんの頭に抱きついた。
「うわっ!小娘ちゃん!?」
慌てる慎太さんの耳元に口唇を寄せて、
「ありがとう」
って言ったら、そっぽを向いて
「急に抱きついたら危ないっス」
なんて言ってたけど、耳まで赤くなってるんだろうなっていうのが見なくてもわかる。
だって、まわした腕や触れ合ってる部分がいつもより熱い。
「ねぇ、慎太さん。星を取ってあげるね」
袂に入っている物を思い出して、思いつきで口にした言葉。
だけど、今夜にはぴったりだと思う。
不思議そうな顔で私を見上げる慎太さんに、お願いをした。
「ちょっとだけ目を閉じてて」
慎太さんが目を閉じたのを確認してから、袂から包みを取り出した。
驚いてくれるかなってドキドキしながら、包みを開いて一粒つまむ。
もっと明るかったらよかったのに。
うっすらとした星明かりだけでは、色とりどりのそれはぼんやりとしか色が見えず、それがちょっと残念だった。
「もういいよ」
ゆっくりと目を開けた慎太さんの目の前に、つまんだ物を差し出した。
「ほら、星の欠けらだよ」
目の前の物を見て、慎太さんは瞬きを繰り返す。
「これ…は、金平糖?」
「丸くてちっちゃいところが空の星みたいでしょう?」
そのまま口唇に押しつけると、ぱくっと指ごと食べられた。
ざらりとした舌の感触が指先を通り抜けていって、ドキンと心臓が跳ね上がった。
慌てて手を引っ込めて、慎太さんを睨みつけるけど、まったく効果はなくて、それどころか……
「うん、甘いっス…」
なんて言って、じっと見つめるから、食べられた指が甘いと言われたようで鼓動がさらに早まっていく。
トクントクントクントクン……
見つめ合っているだけで、鼓動が響いて心臓が破裂しそう。
だんだん顔が近づいてきて、慎太さんの目が閉じられた。
でも、あと少しというところから距離が縮まらない。
戸惑う私を艶のある声が呼ぶ。
「小娘ちゃん……」
だから、わかりたくなくても、わかってしまった。
自分からしなきゃいけないんだって。
慎太さんは時々、私を試すような意地悪をする。
だけど、そう言うところを含めて、どうしようもなく好きになっちゃったんだもん。
覚悟を決めて、頬に手を添える。
「……好き」
囁いた声は少し震えていた。
ゆっくりと近づいていって……
閉じていく視界の中で、慎太さんが口の端だけで笑ったのがわかった。
[ 1/1 ]
[*prev] [next#]