慎ちゃんは背中を向けて、布団の脇に座っていた。

傍らにお銚子がたくさん乗ったお盆が置かれているけれど、見たところ手付かずのまま。
私は障子を閉め、慎ちゃんの背中に近付いた。

「心配、掛けたっスね」

前を向いたまま、慎ちゃんが言う。

「お水をね、持って来たんだけれど……」

お酒の脇に湯呑みを置き、後ろに座った。
手を伸ばせば簡単に触れることのできる距離。

「お酒、呑んでないんだね」

慎ちゃんは、何も答えない。

「皆は呑まないから安心して深酒しろって、龍馬さんが言ってたよ?」

「……何があったか、聞かないんスか?」

かなり間を置いて、ようやく口を開いてくれたけれど、その口調から微かな苛立ちが感じられた。

「慎ちゃん、話したい?」
「……」

押し黙った背中は、あらゆるものを頑なに拒んでいるように見える。

――もちろん、私も……

細身だけれど筋肉質のしなやかな身体、その肩にそっと指を伸ばしかけて、止めた。

あの冷静で穏やかな慎ちゃんの気が、こんなにも荒れて伝わってくるなんて、相当のことだろうから。

「……私、行くね」

やはりここにいるべきではないと立ち上がった。
その瞬間、急に振り返った慎ちゃんに腕を掴まれ強く引き寄せられる。

――っ!?

身体に衝撃を感じ、気付くと布団に倒され組み敷かれていた。

「慎ちゃんっ!?」

私の両手を押し付け、見下ろしている瞳からは、悲しみと怒りが入り混じって感じられる。

「……呑んで潰れて忘れるなんて、おれにはできないっス」
「そんな逃げ方は、できない」

じっと見つめる表情に、苦悩の翳りが浮かんだ。

「……では、どうしたらいいんスか!」
「どうしたら、この口惜しさをっ」

――痛っ!!

握られた手首に一段と力が込められる。
そして、苦しげな慎ちゃんの顔が近付いたかと思うと、乱暴に唇を奪われた。

「んっ……」

大好きな慎ちゃんとの初めての口づけは荒々しく、いきなり深いところで舌を絡め取られる。
与えられる唾液が二人の唇を濡らし、触れ合う圧力が変わる度に、ぴちゃぴちゃと音を立てていった。

「……んっ、んはっ」

息つく暇もない長い口付けは、ようやく唇を離れ、首筋へと移って行く。

「……あっ」

ちゅっと音を立てて吸い付かれた瞬間、甘い痺れを感じて声を上げてしまった。
その声に、慎ちゃんは弾けるように身体を離す。

「すんません!おれ……」
その瞳から、渦巻いていた怒りが消え、代わりに何とも言えない寂しさが滲み出ている。

――慎ちゃん……

私は腕を伸ばして慎ちゃんの首に廻し、優しく引き寄せた。

鼻先が触れ合う程の距離で、恋しい瞳を見上げる。

「……抱いて、慎ちゃん」
「朋ちゃん……でも、おれは…っ」

最後まで言わせないように、そっと唇を押し付けた。
慎ちゃんの唇は熱く、軽く啄むように吸ってから離す。

「これは逃げじゃないよ、私のお願い」
「今夜は傍にいたいの……だから」

だから抱いてと、囁いて耳朶に口付けた。

――っ!!

太腿に添えられていた手が、裾を大きく割って素肌を撫で上げる。

「朋ちゃん、おれ……朋ちゃんの中で眠りたい」
「いいよ、慎ちゃん……」
慎ちゃんの重みを全身で受け止める。
身体の重さも、心の重圧も。

――だから、安心して……
細いけれど節くれだった指が、素肌を晒していく。
重なる肌で、お互いの熱を感じ合った。

やがて、深いところで繋がったなら……

――おやすみ、慎ちゃん……

2011.5.24 hisui
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