いまはおやすみ

何か様子が違うと気が付いたのは、酷く遅い夕餉のお膳を並べているときだった。

全員が日付が変わる時刻まで外出していたのも、向こうでお酒を呼ばれてこなかったのも、普段ならあまり無いこと。

「あれ?お銚子来てないですね」

台所に向かう私の肩に、部屋に入ろうとしていた龍馬さんの手が掛かる。

「朋さん、今夜は酒は呑まんきに」
「えっ!?」
「それと、申し訳ないが中岡の膳は下げてくれないか」
龍馬さんの後ろに続いていた武市さんからも声が掛かった。

「慎ちゃん、具合でも悪いんですか?」

そう言えば、姿を見ていない。

「いや、具合が悪いちゅうわけではないがのう」
「中岡のことは以蔵に任せてあるから、安心して欲しい」

「以蔵が……」

歯切れの悪い回答に不安が募るけれど、武市さんがこう言うからには納得するしかなかった。

気を取り直して、疑問をひとつぶつけてみる。

「なぜ、今夜はお酒を呑まないんですか?」
「中岡が安心して深酒できるように、皆で禁酒するんじゃ」

――慎ちゃんのため?
 
「いつも僕達を介抱させているので、たまには代わってやろうと思ってね」

思ったことが顔に出てしまう私だから、直ぐに武市さんが付け加えてくれた。

「……龍馬、いい加減離さないか!」

私の肩を掴んで引き寄せていた龍馬さんの手を、武市さんがパシッと払いのける。
バレたかと言ってニシシと笑う龍馬さんを一瞥すると、私に優しく告げた。

「朋さん、中岡に水を持って行ってくれないか」

気になるのだろうと微笑む武市さんに、素直に頷く。
部屋に入れなければ以蔵に渡すといいと言われ、私は二人に一礼すると、急いで台所へ向かった。

慎ちゃんの部屋の前には、以蔵が座り込んでいた。

汲みたての冷たい水で満たされた湯呑みを手に近付く。

「……何だ?」

以蔵は私を見上げ、静かに言った。

「武市さんが、慎ちゃんにお水を持って行くようにって……」

慎ちゃんの部屋には明かりが点いているけれど、物音ひとつ聞こえてこない。

私が障子に手を掛けようとすると、以蔵は黙って首を振った。

「以蔵……」
「……止めておけ、朋」

――いったい何があったの?

あからさまな否定の表情に為す術もなく、以蔵に湯呑みを託そうとする。
その瞬間、部屋の中から慎ちゃんの声が掛かった。

「以蔵くん、おれは大丈夫だから……姉さん、どうぞ入ってください」

抑揚の無い響きは、普段の慎ちゃんからは想像つかない程低い音で伝わる。

「後は、頼む」

慎ちゃんの言葉に以蔵はスッと立ち上がると、私の目を見て言った。

「うん」

頷きを確認すると、広間の方に向かって歩き去る。
私は障子にそっと手を掛けた。

「慎ちゃん、入るね」
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