オオカミ青年の空腹パラドックス

ほんとにもうわざとやってるんじゃないかって思う。
せれねちゃんと恋仲になって数日。
抱擁より先に進みたいおれは、武市さんを見習って、それなりに甘い言葉を囁いてみたり、そういった雰囲気に持っていこうと努力した。そのことごとくがせれねちゃんによって水泡に帰している。
今日も抱き締めて、口づけをすべく顎を取ったら、せれねちゃんは耳まで真っ赤に染めて、かわいい顔でおれを煽ったあげく、「わたっ、わたし、お茶淹れてくるっ!」と脱兎のごとく逃げ出してしまった。

お茶いらないっス。おれが欲しいのはせれねちゃんなんスよ。

もうここまでくると、せれねちゃんの天然で初なところも障害でしかない。そういうところは好きだし、大切にしてあげたいと思う。優しくして、いつも皆のためにがんばるせれねちゃんを甘やかしてあげたいとも思う。

だけど、おれだって男なんです、せれねちゃん!!

なにしろせれねちゃんの周りにはせれねちゃんの事が大好きな人たちが集まっている。おれが不甲斐なければ、直ぐ様せれねちゃんの隣は奪われるだろう。

おれよりずっとすごい人たちを出し抜いて、やっと捕まえたんだ。せれねちゃんは誰にも渡さない。

せれねちゃんの後を追いかけると、幸い、せれねちゃんはすぐに見つかった。縁廊下を真っ直ぐ行った角を曲がったところでうずくまっていた。
後ろにおれがいるのに気づきもせずに、一人でぶつぶつ言っている。

「勘違いしちゃダメ!勘違いしちゃダメ!あれはスキンシップなんだから!」

すきんしっぷ?がなんなのかわからないけど、勘違いっていうのはさっきの事なんだと思う。

そこは勘違いして欲しいとこなんスけど……。

ふぅ、とため息が出てしまった。雰囲気で流そうとか考えちゃいけなかったんだ。せれねちゃんにははっきり言わないと。
いまだうずくまったままのせれねちゃんの前に回って、しゃがんだ。

「せれねちゃん……」

「うわっ!し、しししし慎太さん!?」

「はい、慎太さんっスよ」

伏せていた顔をバッと勢いよく上げたせれねちゃんは、おれを見るなり、後ろに仰け反った。仰け反りすぎて倒れそうになるのを、手を掴んで引き寄せ、逃げれないようにきつく抱き締める。腕の中でせれねちゃんが居心地悪そうにもぞもぞと身を捩っている。

「せれねちゃん、顔上げて」

「やだ……今の聞いてた?」

「全部聞いたっス」

「うぅ〜」

唸りながら、おれの肩に顔を埋めて、いやいやするように首を振る。
せれねちゃんの柔らかな髪が首に当たってくすぐったい。

「せれねちゃん。おれ、せれねちゃんのこと好きっス。この気持ちは誰にも負けません。だけど、好きだから、どうしても触れたくなる時があるんス。……せれねちゃんと口づけしたい。その先も。たくさん触れて、せれねちゃんにも触ってほしい。だから……逃げないで、せれねちゃん」

肩の温もりが離れて、おれたちの間にほんの少し隙間が生まれる。ようやく顔を上げたせれねちゃんは今度は目線をそらさずにしっかりとおれを見た。

「恋仲になっても、慎太さんいつもと変わりなかったから……だ、だから、私一人が嬉しいのかなって。一人でっ、舞い上がっ……のかと……」

喋ってるうちに、せれねちゃんの瞳からはどんどん涙が溢れてきて、頬を伝ってこぼれ落ちていく。

「そんなことないっス」

しゃくりあげる様にして身体を震わすせれねちゃんの背中をさすりながら、手を掴んで着物の衿の合わせから中に突っ込んだ。

「やっ!!」

逃げようとして引くのを力で留めて、固く握られた手を心の臓の上に押し当てた。

「変わらない、なんて……そんなことない。せれねちゃんと一緒にいるだけで、嬉しくて緊張するっス。ほら、すごく早くなってるでしょう?」

促すと、懐の中で手がゆっくりと開かれて、そっと胸に当てられた。手が触れている辺りから、せれねちゃんの体温が伝わって、身体も心もじんわり温かくなっていく。着物の上から手を重ねた。まるで時が止まったかのように、お互いが動かず、ただ鼓動だけを感じる。

「……ほんとだね。ドキドキしてる」

しばらく手を当てている辺りを見いたせれねちゃんが再び顔を上げた。涙はもう止まっている。頬に残る涙の跡を指でぬぐった。

「よかった。慎太さんもおなじなんだね。……ねぇ、慎太さん。いっぱいキスしよう。それからいっぱいハグもしよう。私も慎太さんに触れたいよ」

泣いた後のまだ潤んだ瞳でせれねちゃんはおれを見て、照れながらもはっきりそう言って笑ってくれた。
その笑顔は今までで一番かわいくて、おれの心の蔵を鷲掴みにし、今までで一番腰にキた。




オオカミ青年の空腹パラドックス





「せれねちゃん、ここは冷えるっス。おれの部屋に行きましょう」

「そう?今日は暖かいくらいだと思うんだけど」

「そんなことないっス。女子が身体を冷やしたら大変っス」

「……あっ!慎太さんも顔が赤いよ。どうしよう!風邪ひいちゃったのかも!?」

「やっ、これは!……あ〜、えーっと……冷えただけっス。部屋で温まれば大丈夫っス!」

「じゃあ、慎太さんのお部屋に行こ。温かくしないと!お茶、淹れてあげるね」

「あとは布団でも被れば温かいっスね」

「じゃあ、お布団も出して、と……」

(せれねちゃん、ごめん……)


御礼→
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