「…慎ちゃん?」

膝立ちで襖を引くと、廊下の灯りでぼんやりと彼の姿が浮かび上がった。

「もう夜八つですよ。何かあったんですか?」

慎ちゃんは私の目線の位置まで屈むと、優しい顔で問い掛けてくれる。
彼の姿を見ただけでほっとしている自分に気付きながら、私はつい真情を吐露してしまった。

「…だって、怖くなっちゃったんだもん。」
「何がですか?」
「慎ちゃんがあんな話するから…。」

私が唇を尖らせて畳に視線を落とした瞬間、急に身体が宙に浮いた。

「しっ慎ちゃんっ?下ろし…」

そこまで言い掛けた時、彼の人差し指が私の唇を封じた。

「…あまり大きな声を出すと、隣の武市さんに聞こえますよ。」

その言葉に、自分の口元を咄嗟に両手で押さえる。
そのままお姫様抱っこのような状態で運ばれ、私は彼の部屋に連れて来られた。
畳に下ろされ、私が目をぱちぱちさせていると、襖が閉まる音が聞こえた。

「…俺のせいなら、責任取らなきゃいけませんね。」

そう言って私を見下ろす彼は、昼間の屈託無く笑う姿とは似ても似付かなかった。
だけど、その妖美な微笑みに魅せられてしまった私は、彼から目を離すことが出来ずにいた。

「二人でいれば、怖くないですよね?」

私を引き寄せ、髪を撫で始める慎ちゃん。
彼の唐突な行動に動揺しそうになったけど、私は平静を装って話し掛ける。

「そ、そうだね。慎ちゃんが起きててくれて良かった。」

そう答えると、彼の手がぴたりと止まった。
不思議に思った私が顔を上げると、何故か彼は笑みを深くしたようだった。

「…偶然だと思いますか?」
「え?」

私が問い返そうとすると、力強い腕が背中に回される。

「…わざとですよ。」
「わ、ざと…?」
「あんな話をすれば、せれねちゃんが眠れなくなると思って。」

布団に押し倒された私は、未だに彼の言葉の意味を理解出来ずにいた。
私が眠れなくなるとわかってて、彼はあんな話をしたの…?

「どうして、そんなこと…」

全てを言い切る前に、彼の身体が私に覆い被さった。
その時、首元に彼の唇が触れ、思わず声が出てしまう。

「…だって、」

耳に息を吹き込むように小声で話され、私は堪らず顔を背けた。

「嫌ですか?」

突然のことに狼狽えてしまったけれど、ゆっくりと首を横に振った。
その返事に満足した様子の彼は、触れるだけのキスをした。

「ん…慎ちゃん、…」

彼の手が着物の合わせ目に入り込む。
私は彼に身を任せながら、さっきの囁かれた言葉を思い出していた。
「…だって、早くせれねちゃんを俺のものにしたかったから。」
→御礼
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