- ナノ -
刃が肌に食い込む感触はこの身を得て知ったものだった。戦闘中に傷を作ることはあれど、何が嬉しくて自らの身体を傷付けようとしているのか。その問を誰かに問われたとしても自分にはしたいのだからするのだ、としか答えようが無いし、そもそもこの行為を行う事で自分以外の、もう一人にも苦痛を伴わせる事実からは目を背けようとしても中々巧くいかないというのが光忠の正直な気持ちであった。だからこそ誰かからの問いかけなんてものは今の自分達には必要のないものであったし、人の形を得た事は自分を含め、今目の前で対峙している大倶利伽羅の心情をも変えてしまったのだと思えば言いようのない淀んだ感情が胸のうちに広がることを覚え、思わず口から漏れた舌打ちは本来の自分であれば決して他人に聞かせることのない類の音であったと自覚し、それにも再度舌打ちが漏れた。
「止めるか」
低く呟かれた言葉は普段の大倶利伽羅が発するものと変わりはしない。それが思いの外安堵を生み、光忠はそっと首を左右に振ると己を覗き見る瞳と視線を交わしてから一度深呼吸をしようと瞼を伏せたのだった。いま自分たちが行おうとしている行為はかつての主が恋仲、と言える相手と行っていたことだと記憶している。刀の身であった時に覗き見た行為は脳裏に焼き付いたまま離れない。今でさえ思い出そうとすればかつての主君の反応のひとつひとつを思い返すことすら可能だ。其れほどまでに、その甘美な雰囲気を纏った行為は魅力的に感じられ、またその行為をしてみたいと思えた相手に再び相見えた事実が光忠にとっては何よりも嬉しいものだった。今考えてみると、かつて自分達を使っていた彼にとっての相手は、彼が血を流してまで恋い焦がれた相手だったのか。疑問には思いもしたものの、其れを確かめる術を光忠は勿論の事、大倶利伽羅も持ちあわせてはいなかった。ただ、見よう見真似で。当時の彼が目の前の人間を相手にして行っていた行為を、今度はこの世で人の身を得た自分が大倶利伽羅に施すのだと思えば高揚感とも取れる感情が生まれることも確かだ。伏せられた睫毛が上がり、再度大倶利伽羅と視線を交わした光忠は寝具の上に互いに腰を下ろした状態で相手に向け穏やかな笑みを浮かべると傍らに置いた戦場での“相棒”へと手を伸ばす。光忠が寝間着として使用している着流しには本来着崩れといったものは見られなかった。其れが今夜に限り、襟元は緩く寛げられ腰の帯こそ結ばれているものの乱れされている、という言葉を当てはめたところで違和感はない見た目となっていた。
「まさか。君は、どうする?」
「やめる、とでも言うと思うか」
唇を湿らせてから音にされる言葉は光忠の耳へと響く。上下の唇が触れていた。それから舌がうっすらと覗き表面を濡らす。其の仕草を視界に収めながら届いたばかりの言葉を脳は的確に咀嚼したようだ。挑むように釣り上げられた唇は笑みの形を作っていて其の表面は大倶利伽羅本人の唾液によって微かに光っていた。挑発的な其の反応に背中を後押しされたことで光忠は大倶利伽羅に負けじと口の端を上げて見せる。その表情を見た大倶利伽羅は満足そうに頷きを返すと鞘へと触れられたままだった光忠の手袋に包まれた左手へと己の手を重ねてから僅かに上目の位置にある隻眼を覗き込む。
「良いのか」
大倶利伽羅の二度目の問いかけに光忠はただ一言「くどいね、君らしくもない」と軽やかに笑って見せる。相手が己の反応に眉を寄せる様を拝んだ光忠は重ねられた掌の熱さを感じながら空いたもう片手を大倶利伽羅へと伸ばすと、己よりも低い位置にある肩口へと触れ、それから其の身体を引き寄せた。光忠に引き寄せられるままの大倶利伽羅は抵抗を見せずにその身を預ける。かしゃんと響く音は寝室を灯す行灯が僅かに揺れたことでたてたものだった。しんと静まり返った深夜に耳元を擽るのは互いの呼吸だけで、其れが興奮を生むことを光忠も大倶利伽羅も知っていた。たった一度響いた物音に誘われるようにして触れ合った身体は刀であった時には触れることの許されない熱さだ。其れを自覚すれば早い 。どちらかともなく呼んだ名は触れた唇に溶けていく。人間を真似て初めて口付けをした際は互いに離れる瞬間を見誤り呼吸が浅くなったことを思い出せば、光忠の揺れた唇に気付いた大倶利伽羅が唇の触れる寸前に閉ざしていた瞳を開けるのが分かり光忠は瞳を細めて見せた。ごめんね、とでも言うように下げられた眉に大倶利伽羅は再び睫毛を伏せる。同時に、薄く開かれた唇の隙間へと光忠は舌を忍ばせると其れには待っていたとばかりに光忠のものよりも僅かに薄い大倶利伽羅の舌が絡んできた。其の舌を絡めとると光忠は同時に、大倶利伽羅の身体を引き寄せた腕を相手の腰へと伸ばすと布の上からでも明確な意図をもって其の表面を撫でた。腰帯に指がかかり悪戯に差し込まれたことで帯の締め付けと着流しの薄手の布との間に光忠の指先が入り込む。指の形をはっきりと感じながらも口付けを止めることをせず、また光忠のその行為を止めることを大倶利伽羅はしなかった。大倶利伽羅からの静止が入らないことで光忠は忍ばせた指先を抜き去れば腰帯を解きにかかる。その手つきを手伝うような素振りで身体を寄せてくる大倶利伽羅は未だに目を閉じているせいで光忠には大倶利伽羅の表情を的確に読むことは出来ずにいた。相手の瞳に己の姿が映ることは想像していた以上に興奮を覚える。其の事を既に知ってしまっている光忠は大倶利伽羅の反応が見たいと、手早く腰帯を解いてみせると恰好も気にせずに解いた帯を傍らに放って見せた。寝具のひんやりとした冷たさが己の火照った肌には心地いい。胡座をかく形で腰を下ろす光忠と、その身体に覆いかぶさるようにして立膝をついた大倶利伽羅は未だに口付けを続けたまま、光忠は中途半端に乱れた大倶利伽羅の着流しを相手の片肩から脱がしにかかる。光忠の動作に合わせて身体を僅かに身動がせた大倶利伽羅によって支えを失った寝間着ははらりと寝具の上へと落ちていく。もう片腕を開放させてから、下着のみの姿となった大倶利伽羅は漸く瞳を開けると正面から光忠と向き合った。
「ぼくも脱がしてくれる?」
「ああ」
短く交わされる会話の間にも大倶利伽羅の手は光忠へと伸ばされていた。大倶利伽羅の手に導かれるように肌を晒していく光忠と、其の光忠の身体へと影を作る大倶利伽羅の二つの身体が触れ合う。ぱさりと落とされた寝間着は二着。寝具の白と濃紺と黒、三つの色が床へと広げられた上で光忠の首元へと両腕を回した大倶利伽羅は相手の膝上へと跨る形で腰を身体の位置を調える。下着越しに触れ合う熱さは既に何度か触れたものだ。人間の色事を真似るのは数回目となっていた。 審神者と呼ばれる人間から支給された下着は腰元が伸縮性の素材で出来ている為にそこから何かしらを忍び込ませるのは容易い。灰色をした下着は互いの膨らみによってその前方が鈍く色を変えていた。夜目が利くようになった大倶利伽羅は其の様を見る事が好きだった。其れを光忠本人に告げたことは無いが、どうやら光忠は大倶利伽羅ほど視界が明るくないことからも深夜の楽しみはこれから先も大倶利伽羅一人きりのものになることだろう。明るい陽の下で行う時は別として。
「あつい」
「うん、熱いね」
互いの唇は浅く触れ合ったまま、唇の震える感触で大倶利伽羅が言葉を発しようとした事を敏感に感じ取った光忠は僅かに唇同士に距離を取ると相手の言葉に頷く形で返答を投げると緩く腰を揺らしてみせた。擦れることで生まれる刺激に大倶利伽羅は小さく息を詰める。その反応に口元へと弧を描いた光忠は大倶利伽羅の身体を抱き寄せたまま腰元へと触れていた手を下着の中へと差し入れていく。距離の開いた唇を追うように、大倶利伽羅は光忠の唇を塞ぐとほぼ同時に僅かに足を開いてみせると光忠の手が己の奥深くへと触れられるように誘い込む。絶妙な角度で曲げられた手首によって、大倶利伽羅の下着内では光忠の掌が熱く屹立した陰茎へと触れていく。掌全体を押し当てながら指の股で先端を刺激する。重なっていった唇が離れるのは早かった。反らされた首元には己と同じようにふっくらとした膨らみがある。其の膨らみを唇全体で覆うようにして口付けた光忠は舌で肌の表面を撫でながら喉笛を噛み切るかのように徐々に歯を沈ませていった。
息の詰まる行為に背中が戦慄くのを感じながらも大倶利伽羅は光忠のその行為を責めることはしなかった。次第に弱まる刺激に喉元が開放されれば光忠の唾液によって濡れた膨らみは襖口から吹き込む夜風によってひんやりとした快感を生んだ。大倶利伽羅から下目に見下される感覚は、光忠にとって相手と肌を重ねる際にしか得ることのないものだった。普段の位置とは異なるその景色は互いに今何をしているのかを意識させるには最適の材料である。口付けによって互いの唾液が唇を濡らし、てかりを与えていた。其の光景に誘われるようにして今夜何度目かになる口付けを再開させれば性急に差し込まれる大倶利伽羅の舌の熱さを知り光忠の喉元は緩く上下して見せる。光忠の気付かぬうちに肌へと触れる大倶利伽羅の掌は、少し汗ばんだ光忠の肌へとしっとりと落ちていく。未だ傍らの刀身、その身を覆う鞘へと手をかけたままの互いの片手。それに相対するかのように相手の身体を弄る手つきが妙に卑猥だと熱に染まりかけた脳が処理をしていく中で光忠は上目に伺える相手の鼻先へと視線を寄せた。深夜といえど互いの手によって人の形を得た身体には熱が与えられていく。汗を浮かべた鼻先へと舌を這わせたい欲求に駆られながらも、とうの舌は大倶利伽羅本人によって絡め取られてしまっている。浅く息継ぎをしながら繰り返される口付けは回を増すごとに深いものとなっていった。
「みつただ」
唇が触れ合ったままに己を呼ぶ声は大倶利伽羅から発せられたものだった。掠れたその音は色事の最中にしか聞くことの叶わない類の其れ。返事を返すことが煩わしく、直後に差し入れられていた舌先を甘噛みすることで答えれば光忠の肌へと触れる指先がぴくりと小刻みに揺れるのが分かった。
「なめたい」
拙い言葉は光忠の口から漏らされたものだった。僅かに瞳を見開いた大倶利伽羅の反応を夜目の利かない光忠は知る由もない。ち、と漏れた舌打ちによって大倶利伽羅の反応を訝しんだ光忠は口付けを終え目の前の相手と額を触れ合わせた。
「どこを、とは聞かないんだね」
「なにを、の間違いじゃないのか」
「ふふ、そうかも。それに今夜の目的はそれだったし …… こっちはあとで、かな」
あとで、という三文字の音が大倶利伽羅に届けられるよりも先に腰が揺らされる。くちゅり。響いた水音が互いの耳を犯すよりも早くに鞘へと触れられた手に力が込められた。

「後が残るぞ」
短く告げられた言葉に光忠は曖昧に笑って返す。大倶利伽羅の言うように光忠の上腕部には薄く赤い線が引かれていた。戦場で己の身を守る刀で己の身を傷付ける。倒錯的なその行為は光忠と大倶利伽羅、二振りの刀の感情を煽るには十分だった。刃を当てた肌にはふつりと血の粒が生まれ出る。何粒も増えるその粒を視界に入れながら、大倶利伽羅は光忠の其の部位へと顔を寄せる。眼前で次々と浮かんでくる赤へと舌を伸ばせば先端が粒へと触れ、粒は形を無くして崩れていった。肌が引きつるような感触に眉を寄せる光忠は己の皮膚に触れた“相棒”を再度傍らへと戻すと大倶利伽羅の後頭部へと手を回しその身体を更に抱き寄せる。引かれるままに身体を寄せる大倶利伽羅に眉を下げて笑いかけ、小さく漏れた笑みの音は相手にも届いていたらしい。投げられた視線にも笑いかけると睫毛を伏せた大倶利伽羅は光忠の肌を指先で撫で、己に施される刺激と同様のものを光忠へと与えていった。するりと忍んだ指先は光忠の足の付け根から布奥へと差し込まれる。下着の奥で大倶利伽羅の指先へ初めて触れたものは光忠の性器を覆う体毛だった。毛先を指先で弄ぶようにして捏ね、其の先を掻き分けて付け根へと触れる。先端へと流すように指の腹で撫でていき最後に仕上げとばかりに先の窪みへと爪先を沈ませていく。大倶利伽羅の手付きに肩を揺らす光忠は何度か漏らした吐息を隠すことはせず、尚も己の上腕へと顔を寄せる大倶利伽羅の耳元へと直接囁きかけるばかりだった。
「きみのも、ちょうだい?」
僅かに拙い言葉遣いとなった光忠の声が大倶利伽羅の鼓膜を震わせた。大倶利伽羅は口内に溢れた唾液を飲み下し、更にその赤い粒へと舌を伸ばす。唾液と共に嚥下した光忠の血液は鉄臭く、其の味に光忠自身が刀の姿であった遠い昔を思い出した。届いた言葉には返事の代わりに相手の血液を強く啜り上げる事で応える。大倶利伽羅の見せた反応に、体液を啜られる感覚に、人の形を得た体内に収められた心臓が大きく脈打つのを感じ光忠は、ほう、と小さく声を漏らすのだった。
光忠の行動を真似るように、刃を褐色の肌へと当てた大倶利伽羅は躊躇う素振りを見せずに其の刃を滑らせて見せる。一瞬の間を置いて引かれた赤からは更に多くの赤が漏れ、寝具へと伝っていった。光忠の上腕から顔を上げた大倶利伽羅は相手の頬を両の掌で包めばその唇へと血液を口内に含んだままに口付ける。己の体液と共に大倶利伽羅の口内を舌で探れば、光忠の舌先へと触れた大倶利伽羅の舌を吸い上げ、刺激を与えていく。ほぼ同時に漏れた声に光忠と大倶利伽羅は伏せていた瞼を上げれば、至近距離で触れ合う互いの熱に下着内の性器が脈打つのを感じ意識せずに二振りの身体の距離は更に縮んでいった。
光忠の舌に触れた血液は粒の形を崩し光忠の体内へと消えていく。光忠の喉元が上下する度に、割かれた肌に舌先が沈む度に、大倶利伽羅は膝頭で光忠の身体を締めると更に擦り寄るように水音を漏らす下半身を寄せていった。ぢゅると吸い上げられ引かれる感触に大倶利伽羅の腰が揺れる。其の拍子に色を変えた下着同士が触れ合い、更に其れが互いの熱を煽る。終わりの見えない性感にどちらかともなく視線を合わせ、頬を擦り寄せればふわりと鼻をつくのは慣れ親しんだ相手の香りと、鉄臭いどこか懐かしいにおいであった。

「んっ、…は、ぁ」
「……っ、」
寝室に響く吐息は光忠と大倶利伽羅、双方から溢れるものだった。小さく漏れる意味を持たない母音は互いの耳を犯し、其れが更に快感を生む。擦り合わせた互いの陰茎が水音をたて、雁の部分を互いの其処が擦り上げていく。引っ掛かりを覚えて視線を下げれば相手の性器の先端からはしとどに先走りが漏れていき、其の光景を視界に収めてしまえば大倶利伽羅は自らの体温が跳ね上がる事を感じ、更に其れが光忠の身体をも蝕んでいった。くちゅくちゅと鳴る音は粘度の高いものである。互いの掌で張り詰めていく陰茎の先端からはふつりふつりと、先程まで双方の上腕から染み出していた血液の粒のように白色を混ぜた体液が染み出していた。
悪戯に指を伸ばし、光忠の指の先が行き着いた場所は大倶利伽羅の亀頭だった。敏感な其の先端を撫でるように親指の腹を押し当て、次いで丸く整えられた爪先を沈ませていくと大倶利伽羅からはそれまでとは異なった高い声が上がる。仕返しとばかりに敏感な裏筋を触れるか触れないかの絶妙な感覚で撫でられてしまえば其の声に被さるのは光忠から漏らされる普段に比べ随分と高くなった声だった。互いの嬌声に煽られるように響く水音が増していく中互いの身体を弄ぶ指先の動きが止まることは無い。
じんと熱を持つ部位は身体の中心か、其れとも血の粒を浮き上がらせる上腕か。他者よりも色素の薄い肌と、他者よりも色素の濃い肌が寝具の白の上で重なっていく。くちゅりと聞こえる水音は触れた唇が離れる際に漏れた音だった。


オワリ