- ナノ -






「…なんや、榊君やないの」

 暑さに負け、そのあまりにも寝苦しいベッドを抜けて少し風にでもあたろうかと一階へ降りた土岐が見たのは食堂のテーブルに様々な参考書を広げそれと格闘している榊の姿だった。何故実家住いの榊がこの時間にこの場に居るのかと首を捻れば確か今日は三校揃っての勉強会があったのだという理由に行き当たる。


「ああ、土岐か」

 こちらへと僅かに視線を向けて言う榊の表情は幾分か疲れが見えたのは気のせいではないだろう。


「なんや真面目やねえ、こないな時にも参考書がお友達やなんて」

 側にあった一冊を手に取りページをめくりつつ言えば。目の前に居る榊からは僅かに自嘲地味た苦笑の声が漏れるだけだった。


「確か医学部志望なんやて、榊君て」

「…ああ」

「まあ頑張らなあかん道て言うんは分かるで、せやけど頑張ると無理するんはちゃうと思うんやけどなあ」

 我ながら説教くさいと思いつつ口を開けば僅かに顔を上げ、そして気まずげに視線を反らす榊。自分は何故こんな言葉をかけているのだろうかと、頭の隅で思わないことも無かったが。だがやはり声をかけたという時点で何かしらのリアクションを求めていたのだろうと結論付ける。


「なんや、自覚あったんやね」

「…君に言われなくともね」

 言われたままではらしくないと思ったのか僅かな抵抗とばかりにそう呟く榊に対して小さく息を洩らした後に手にしていた参考書を閉じテーブルへと戻す土岐。



「……っ、」

 不意に訪れた暗闇に榊が息を飲めば。その様子に満足そうに口へと孤を描いて微笑む土岐が居て。


「どや、俺体温低いさかい」

 そう言ってなおも片手で両瞼を覆われれば確かに土岐の言う通り夏には似合わない体温の心地良さにいくらか肩の力が抜けるのを感じるのだった。結局のところ、どちらかともなく相手の行動に自分も巻き込まれているのだと。夏の茹だる気温の中でそう納得させ、今だけはこの何とも言えない空気を楽しむのも悪くは無いと、そう考え直すのだった。







休戦
(そない根詰め過ぎるんも逆に悪影響やで)
(…善処するよ)
(ふ、榊君らしいわあ)

‐End‐
20100817.
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