- ナノ -



信犯



「なあ、榊君」

 土岐の問いに榊は僅かに眉を上げた後に渋々ながらも返事をする。と言うのも土岐が榊を呼ぶ場合たいていは何か面倒事、ちなみにこの場合は榊が一方的に迷惑を被る、又は今現在土岐のお気に入りとなっている響也と東金の交際について、なのだから。ちなみに榊からしてみれば彼等は好きな者同士なのだから好きにさせてやれば良いという考えが先立つ。加えて少しの嫉妬心、も。何故と問われればそれは榊が土岐に対して友情とは違った意味の情を抱いているからである。だが友情と言っても彼等を端から見ればとてもそんなものでは形容しがたくむしろ水と油と言ったそんな一触即発な雰囲気しか感じられないのだが。


「君らんとこの如月弟君と千秋、随分清いお付き合いみたいやで」

 そら見ろ。そうは思うが決して表情には出さずに小さく相槌を打つ。確かに土岐からしてみれば榊の後輩である響也と自分の幼なじみである東金との恋路に何かしらの反応をしたいというのは分からなくも無い。しかしこうも会う度にあの二人の事を口に出されれば自分の事も少しは見てくれと、そんな柄にも無い言葉を吐きそうになってしまうのだ。そんな事は自分のプライドが許さないし、何せよそれを伝えたところで土岐と自分のライバルという関係性が変わる訳など無いのだと、毎回の如くそんな思考をループさせていた。



「なんや榊君、今日は連れへんなあ」

 こちらに対する挑発ともとれる言葉に榊は内心何度目か分からない溜息を吐く。それもそうだろう、土岐から見た自分はただの対立相手という関係でしか無いのだから。


「…そんなことないよ、君の勘違いなんじゃないか」

「あっそ、それなら良えねんけど」

 抜け出せそうにもない悪循環へと思考が落ち込み、もはや早々にこの場を後にするしかこの状況を打開する策は無いのだと。自分自身へと無理矢理納得をさせそれまでテーブルへと広げていた楽譜を束ねれば。


「…ん、熱とかはあらへんみたいやね」

 不意に額へと当てられた冷たい手の平にびくりと肩を震わせる。その様子を面白そうに見詰めた後にひらひらと後ろ手に手を振り去って行く土岐。



「…まずい、」

 小さく呟いた声は、夏の音に掻き消されていった。







確信犯
(榊君、良え加減気付いても良えんちゃう)
(なんて、言えへん俺も人の事言えへんなあ)

‐End‐
20100809.
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