- ナノ -



ととき、



 ふわり、と。至近距離から香ったそれはおそらく今隣に居る、と言っても本当に至近距離に居るその人物からだと思われる。


「へ、」

 柄にも無く、実に気の抜けた吐息が漏れたことに気付いても後の祭り。僅かにそれへ対する気恥ずかしさを残したまま普段とは違った行動をした相手へと問い掛けた。


「なん、普段はこないなことせえへんやん」

こんなこと、と言うのは今現在のこの状況のことである。駐車スペースへと車を寄せる際に土岐が助手席へと回した腕。おそらく後方確認と見られるその動作によって先程の一連の出来事が起こったのだ。


「んー、安全運転第一やん」

 こちらの気持ちを知ってか知らずか、実に爽やかな笑みを返し再度東金へと身体を寄せる土岐。とは言ってもそれはあくまでも駐車中の動作であるのだが。


「…あほ」

 またも近くなる距離に小さく呟き俯けばくすりと笑われたと思われる空気の震え。普段はそんなことは一切気にもしないのに、一度それを自覚してしまえば一向に広がらないその距離にただただ頬へと集まる熱をどうやって受け流そうか、と。答えの見つからない問いにいい加減頭が茹だるのを感じた直後に漸くエンジンの切れる音。ふ、と息を吐いたのもつかの間。自分の顔を凝視し、そして笑うその表情に今度こそごまかしの効かない熱が頬へと駆け登った。


「千秋はほんま可愛えわ」

 ちゅう、と額へと落ちる唇を受け止め小さく息を吐けば目の前の相手はそれはさも楽しそうに笑うのだった。







ひととき、
(不意にいつもとは違う行動をされて)
(焦る自分へと微笑む相手)

‐End‐
20100804.
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