- ナノ -



きょり、



「…っ、ふ」

 周りの連中も寝静まった午前0時過ぎ。自室に響くのは篭った息遣いとそれ独特の臭い。汚れた右手を見れば何やってんだ、と自己嫌悪……なんてものも無くただ想うのはあいつのこと。


「は…あ、」

 ふるりと情けなくも震えて、爆ぜた自身に舌打ちを一つ。どうも今の時期は落ち着かねえ、それはあいつと出会った季節だから。あいつは今何してんだろうか、とか。少しは淋しいとか言えよ、むしろ言ってくれよ、だとか。募る想いは山程にもあるくせに、いざそれを口に出せるのかと言えば首を横に振るしかない。まあそれは俺に限らずあいつもそうなんだろうけども、なんて半八つ当たりのような考えばかりに支配されても尚、あいつへの気持ちに衰えが無いのはやはり自分はあいつのことが好きなのだということで。再度自覚した後、それへと再び手を伸ばす自分に今夜二度目の舌打ちをした。


(仕方ねえだろ、俺だって男だ)


 はあ、と。小さく息を吐いた直後に目に入るのは着信を知らせるランプが瞬く携帯。まさか、んなわけねえよ。自己防衛ともとれる現実逃避と格闘しつつ手に取った携帯の液晶に映る名前はまさしく今自分の脳内を占めている人物で。ばつの悪さだとか、そういった少し後ろめたい気持ちを抱きつつスピーカーへと耳を当てる。


「邪魔、したか」

 いつだかと変わることの無い声音に今夜初めての安堵の息を洩らす。それきり無音を貫く媒体に首を傾げれば小さく聞こえたのは僅かにくぐもった荒い息遣い、否至極小さな吐息混じりの嬌声。


「と、がね…」

 少しの焦りと少しの好奇心。なおも微かに聞こえるそれへと名を呟けば直後に耳へと届くのはつい先程自分自身から洩れたものと同じであろう音。



「な、あ…やっぱ俺あんたに触りてえ、よ」

 ふは、と。小さく笑えば相手もまたそれと同じ笑いを洩らす。生々しさだとか、そういったものも確かにあった。けれど最終的にはやはり自覚するのは電話越しに居る相手への気持ちと、自分達の間にある距離だった。



「来週、会いに行く……なんだよ、俺がんなこと言っちゃ悪いか」

 ばーか、と。妙に甘ったるく響くのは外ならぬあいつの声だからで。ああ、今夜は良く眠れそうだと。遠ざかる意識の中で確かに思った。







えんきょり、
(会いてえ、触りてえ、)
(あんたを感じてえんだよ)

‐End‐
20100730.
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