- ナノ -



事。



 ほんの数時間前、あいつに好きだと言われた。腕を掴まれて胸元へと閉じ込められた後に耳元で呟かれた言葉。



(ごめん、…だけど、俺は君が好きなんだ)


 ごめん。その単語の向かう先はどんなことなのか。だったら何故、言わなければならなかったのか。考えて考えて、そして辿り着いた先。頭がソレを拒むかの様に思考回路を遮断し、そしてベッドへと体を投げ出す指令を出した。


(俺は、)


 息の仕方を忘れてしまったのか、ソレを伝えられた後の沈黙。漸く絞り出した言葉をあいつは俺の唇に指を押し付ける事によって制した。ごめん、と。二度目となるその言葉を頭が理解した頃には体は自由の身となりそれまで僅か数センチ先に居たあいつは背を向けて俺から去って行った。


 ふらつく脚で自室へと戻り頭の中に散らばったピースをかき集めればかき集める程、ソレを埋める台紙は何処かへと消えていく。

 目をつむり、思い浮かぶのはやっぱりあいつの顔で。俺を呼び止めた時の表情、俺の背中へと回された手の震え、ごめんと呟いた時に揺れた瞳。全てがあいつを形成するパーツで。


(ああ、やっぱり俺は)


 あいつが好きだ。導き出された答えはいとも簡単なもので。今までの自分を振り返り自嘲地味た笑いを漏らせば向かう先はただ一つ。







返事。
(好きだと言って自らその腕の中に入れば)
(あいつはどんな顔をするだろうか)

‐End‐
20100516.
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