- ナノ -



Prelude、



 ん、だなんて指で示された先を見れば恐らく母校の生徒と思われる男子が一人ヴィオラを弾いていた。そして彼の側で音色に耳を傾けている男子が一人、その彼の手にはヴァイオリンのケース。


「いい音、だね」

「ああ、」

 暫くその場に留まって懐かしい音色に耳を傾ける。昔自分が弾いていたその楽器の奏でる音は何年経っても心地良く耳へと届いた。


「…榊君、」

 いつの間にか演奏は終わっていたようで、その場には僕ら四人の姿しか見えない。少し前に居る彼らは何だか話し込んでいるみたいで長髪の彼の台詞からヴィオラを弾いていた男子生徒の名はサカキ、というのだと知った。


「第2楽章に入る直前のとこやけど、」

 呟かれた台詞に僕と土浦は顔を見合わせた。彼の言うように、そこは僕らも気になっていた部分。この曲の場合少し遅すぎるかと思う程に弾いた方が良いと言うのが僕の考え。どうやらそれには土浦も同意見みたいで黙って次に続く言葉を待った。


「…少し、走っていたかい」

「せやね、なん、自覚あったん」

 まあね、だなんて苦笑を漏らしつつ再度ヴィオラを構えるサカキ君。いざ弾き始める、そう思った途端不意に顔を上げたサカキ君と視線が合うのが分かった。どうやら僕らに気付いたようで長髪の彼と顔を見合わせている。


「気付かれちゃった」

 ふふ、と笑いながら僅かに高い土浦の顔を見上げれば。別に隠れてたわけじゃねえだろ、そんな当たり前な答えが返ってきた。


「…あんた、て…土浦梁太郎ちゃいますか」

 ふと、聞こえた声にそちらへと視線を向ければ長髪の彼とサカキ君がこちらへと歩み寄ってきた。きょとん、と。問われた言葉に瞬きを一つ、隣に居る土浦を見れば苦笑しつつも頷いていた。


「…へえ、あの土浦梁太郎か。うちの学校の卒業生だとは知っていたけれど、まさかこんな風に出会えるなんてね。律やハルが知ったら驚くだろうな」

 クスクスとサカキ君が笑うのに対して隣の彼は些か不満そうな表情。

「榊君。今、は俺と居るんやろ」


 にっこりとそう笑う彼の笑顔には学生時代に土浦をはじめ、共に音楽で競い合った一つ上のあの人と重なるものがあった。ああ、どうもこの彼とあの人は似ているなと。懐かしい面々を思い出して苦笑を洩らした。


「…土岐、目が笑ってない。そんなに俺が他の奴の名前を出すのが不満かい」

 先程の彼と同様の笑顔を浮かべてそう言うサカキ君。どうにも一触即発な雰囲気を醸し出しながら向かい合う二人に土浦の手が延びた。


「痴話喧嘩はそこまでだ。…ったく、昔のお前と柚木先輩を見ているみたいだな」

 くつくつと喉の奥で笑う土浦にサカキ君とトキ君は不思議そうに首を傾げる。僕はと言うとばつが悪くなってそっぽを向いていた。


「…土浦、さんが星奏出身ということはそちらの方もですか」

 控えめに聞かれた声に視線を戻せば、サカキ君が僕へと視線を向けているのが見えた。


「えっと、僕は…」

 そんな名乗る程の者じゃないよ、そう続かせようとすれば僅かに早く土浦の方が先に言葉を続けた。


「んな畏まるなよ。榊、と言ったか。こいつは星奏学院のOB。名前は加地葵、専攻はお前と一緒だ」

ふ、と笑ってサカキ君のヴィオラを指させば僕の方に軽く目配せをする土浦。


「ほな榊君の先輩やねんな」

 くすり、と笑みを浮かべたトキ君にサカキ君が小さく頷くのが分かる。確かに考えれば彼は僕の後輩ということ。懐かしい楽器と、懐かしい母校の後輩。気付けばその彼へと手を延ばしていた。


「あの、加地、さん」

 呟かれた名前に我に帰ればどうやら僕はサカキ君の頭を撫でていたようで。自分でも何故そうしたかは分からず、助けを求めるように土浦へと視線を向ければそれはさも楽しそうに笑い合う土浦とトキ君の姿があった。


「はは、ここで会ったのも何かの縁だろ。どうだ、奢ってやるからその辺にでも入らねえか」







Prelude、
(これが僕ら四人の出会い)

‐End‐
20100429.
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