- ナノ -






(ああ、)


 ふと、空を見上げれば頭上には満月が輝いていた。ここ数日の悪天候が嘘のように澄んだ夜空の中央に月が一つ。そういえば、あいつは今何をしているのだろうか。以前会ったのは確か高校を卒業した直後、頬をかきながら祝福の言葉を伝えられたのが随分と昔のように思える。あれから既に一ヶ月と経つがお互いの携帯が着信音を鳴らすといったことは無かった。


(避けられとる、と…ちゃうよな)

 相手からかけてこないから自分がかけよう、そんな考えは生憎と持ち合わせいないのが自分だ。縋る真似などしない、相手が何もアクションを起こさないのならわざわざ自分が仕掛けてやる必要はない、東金はそんな男だった。


(せやけど、)

 今何かが変わった。
 それは僅かな、ほんの僅かな心境の変化。月を目に映した瞬間、頭の中に浮かぶ顔はただ一人。今日だけは、そう自分なりに解釈をしポケットから携帯を取り出そうとした瞬間、光るランプと唸るバイブ。表示された名は今まさに想いを寄せていた相手。


「…東金」

 耳元から聞こえる声は以前と変わらず無愛想だが、確かに以前よりも力強く聞こえるのは自分の思考が女々しくなっていたせいか。自分の名を呼ぶ声が甘く感じるのは一月以上聞いていなかったせいか、或いは以前よりも自分が相手を求めているせいか。答えの出ない問いに無理矢理終止符を打ち頷き返すかの如く名を呼べば受話器越しに笑う声が聞こえた。


「あー、なんつうか…忙しい時にわりい」

 次に響いた言葉に僅かに首を傾げその疑問を問えば、こちらの新生活を案じて連絡を取らないようにしていたとの答え。確かに自分はこの春、大学へと進学しより一層音楽の道へと足を踏み入れた。しかし、それを言うなれば受話器越しの如月も学年は違えど新生活という点では同じ事のようにも思える。それならば何故、


「…怒るなよ」

 こちらの雰囲気が伝わったのか僅かに声を萎縮させながら続いた言葉に東金は頭を抱えるしか術は無かった。何故ならば、自分はまんまとその作戦に堕ちたわけなのだから。


「焦らしプレイっつか…俺から連絡しねえとあんたはどうなんのかっつう興味本意。でもあれだよな、結局俺の方が我慢出来なかったみてえ」

 ぽつりぽつりと言葉を紡ぐ如月に無言で俯く自分の表情ははたしてどんなものになっているのだろうか。そして、次に耳へと入る言葉が更に拍車を掛けるなど今はまだ知らずに居たいものだった。







月光
(でも、あんたが俺の名前を呼んだ時)
(すっげえ切羽詰まってたのも確かだぜ)
(そう言って如月は嬉しそうに笑った)

‐End‐
20100425.
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