二面性
「あ、千秋も飲むかい」
キッチンから顔を出し聞くユキへと軽く頷きテーブルに置いてある雑誌へと手を伸ばす。勝手知ったるようにカップとソーサーを手に持ちまたもキッチンへ戻るユキ。母親連中は久しぶりの集いに浮足だって何処かへ出掛けたために家の中にはユキと俺の2人だけ。
「はい、どうぞ」
「ん、おおきに」
不意に漏れた地元の方言にユキはクスクスと笑い、茶と共に持ってきたクッキーへと手を伸ばす。
「そんなにおかしいか」
俺の問いに首を振り手に持つクッキーをこちらへと差し出される。アーン、だなんて。そんなお決まりな台詞と共に目の前にあるクッキー。
「な、」
「だから、食べさせてみたくなったんだよ千秋に」
にっこりと、他の奴らから見れば聖母のような笑顔でそう言ってのけるユキ。ここで拒めば次はどんな要求をされるのか分かったもんじゃない。こいつはおっとりしているかのように見えてもそれは俺以外の奴らの前のみ。ガキの頃からそれは変わらない事実。
「ふーん、千秋がそんなに嫌だって言うなら…口移しで」
ほら言わんこっちゃない。こんなユキの姿を見たら小日向の奴がどんな顔をするだろうか。あの夏で何かが吹っ切れたのか以前より確かに、その面が浮き出てきたかのように感じる。
「千秋、顔が真っ赤だ…熱でもあるのかな」
そんな俺の心の葛藤をどこ吹く風でユキは俺の額へと手を伸ばす。ぱしん、と。その手を払えば目に映るのはさも楽しそうに笑顔を浮かべるユキの姿。
「ああ、そんなに恥ずかしかったかい…口移しが」
くすりと笑い、クッキーを口に放り込めば途端に強く引かれる両腕。俺の方がいくらも高さがあるくせにこんな時ばかりはそれすらも影響しないようで、気付けば離された唇の端を嘗めとられていた。それはそれは妖艶な笑みで。
二面性(うん、ごちそうさま)
(…お前反則)
(ん、何か言ったかい千秋)
(…言ってねえ)
‐End‐
20100418.