- ナノ -
アイコンに設定されている画像は顎先から肩口にかけての上半身の姿写真。当たり前に本名なんざ並べられてはいなくて、ハンドルネームと言われるその単語の横に並ぶ年齢を見ればなるほど、ネットリテラシーだなんだと学び舎で教わる世代らしく俺よりは六つ年下。大卒の人間が社会に出て四年目、ちょうど金を自由に使える年頃の女がこのアカウントの持ち主だろうということは予想出来ていた、はずだった。サブ写真と呼ばれる、メインのそれに加えて数枚の画像が並ぶ。いかにも女子供が好みそうなケーキの乗った皿の写真、おそらくどこか旅先で撮っただろう海の写真、最後の一枚は誰か別の女と共に映したらしい後ろ姿。アカウントの持ち主である女の頭身は高く、黒地のスキニージーンズに包まれた脚は細いながらも程よく筋肉がついているのも見てとれた。隣に並ぶ女も肩の位置がほぼ同じことを考えると高身長なのだろう、女のプロフィールには身長173cmと記載があった。女にしては高身長のそれも決め手の一つでもあって、あまりに低身長の女に対して自分自身が上体を屈めて話すという行為がどうにも億劫な瞬間があるというのが本音だった。


「……あ?」
「あ、トージでしょ。雰囲気ですぐ分かった、私のことも簡単に見つけられたんじゃない?頭一つ飛び出てるって硝子からよく言われるんだよねぇ。でも私だけじゃないのにさー、背高めの女なんて」

俺の呟きなんて聞こえなかったらしいそいつは聞いてもいないことをべらべらと並べ立てていく。その声音に嫌悪感を抱くことはなく、記憶にあるそれよりも高い音を伴って発せられる声色の中に、殺気なんてものは欠片も存在せず、ただ俺の鼓膜に届くだけだった。

「ちょっとー、なんで黙ってんの?まぁいいけど、いつもメッセで話してばっかなの私だったし。アンタ無口そうだもん」
「……いや、オマエで間違いねぇんだよな?」
「間違いあると思う?他の女より上背があるから見つけやすいよ、それとは別にマジで可愛くて美人だから、一発で分かるよって言ったとおりでしよ」

ふんぞり返ってのその言葉すら様になるくらい、本人の言う通り見目は整っているんだろう。男の時ですら目を引くうるさい顔立ちをしていたのだから、女になればなるほど、こういうタイプになるのかと不躾に上から下まで眺め下ろすも当の本人はまるで我関せずといった様子なことを考えるとおそらく女の立場だろうとそういう類の視線には慣れきっているらしい。

「いや、オマエ俺の顔見て何かねぇの」
「えー、なにそれ新手のナンパ?むしろこれから私達デートとホテルじゃなかったっけ。私の金で」
「……あー、違ぇよ。俺の顔、見覚えねぇの?」
「アンタの顔?全く無いな。むしろなんでそんな整ってる顔と体格を兼ね備えてるのに女に集ろうとしてんの。ヒモ?」

うぜぇくらいに生えた睫毛を揺らして瞬きをして見せる女に意図せずに漏れた溜息は目敏く見付けられた。大袈裟に捲し立てながらもころころと表情を変えて笑う姿なんざ見たことはなかったけれど、多分記憶の中のあれもこういう顔をして笑っていたのかもしれないと適当に上書きをすることにした。

「で、私の顔に見惚れるのも良いけどちょっと早いんじゃない?これからもっと沢山色んな顔見れるよ、アンタ次第だろうけど」

言うと同時にごく自然に腕を絡められる。不自然さを毛ほどにも感じさせない素振りで身を寄せて歩き始める女の後を半歩遅れて付いていけば、振り返って俺を見る女は悪戯が成功したガキのように笑って寄越した。



「ほら早く早く、先ずは食事してー、その後はデザートね。軽くショッピングもしたいし化粧品も見たい、最後はホテルね?異論は認めませーん」
「全部オマエの金でするけど、それ」
「今更なに確認してんのウケる。言ったじゃん、金くらい有り余ってるからって。それともなに、さっきから私の顔ガン見してるけどもしかして誰かに似てて、そんな奴にこれから飼われるのかって思って萎えた?」
「いや、そういうわけじゃねぇけど」
「ならいいじゃん、こんないい女に飼われるの光栄だからねトージ」
「……は、よく言う」
「だってそれだけ自信あるからね、世の中の男が私のこと放っておくのバグじゃない?むしろ」
「オマエが気に入らねぇ奴しか寄ってこなかったんだろ、言ってたじゃん」
「お、ちゃんと覚えてるね私の話。そうそう、だから気紛れで落としたアプリでアンタを見つけて飼わせてって打診してみたわけ」
「良かったな、いい男捕まえられて」
「ほんっとそれ、トージの顔も体格もめちゃくちゃ好みだから大当たりだったんだよねぇ」
「あっそ。俺はオマエの顔見ると少し落ち着かねぇかも」
「なんで?」
「昔殺しそこねた奴に似てて」
「ふ、じゃあ今度は私のこと殺してみる?やらしい方も自信あるから、むしろ私が殺してあげるけど」
「オマエの穴で?」
「冗談、私がトージを抱くの」
「なに、それが飼う条件?」
「そ、条件のひとつ。交渉は後でするから、先ずは腹拵えからね」
「お手柔らかに頼むわ」
「ふ、どうしよっかなぁ」


end