- ナノ -



 嫌いなんて言葉は言われ慣れてる。だからいざ言われたところで今更傷付くだとか、そんな感情にはならねえけど。でもやっぱり言われたら、少し寂しいって思っちまうのは俺がまだまだ弱えってことだから。それを言った相手にどうこう言い返すだとかはせめてしないようにしてえ、っていうのが俺の中の決まり事。





「兄さんなんか、嫌いだ」


 ずき、と痛む胸には気付かない振りをして。たった今、俺に嫌いだと言った雪男の顔を見れば、何故か、雪男の奴は唇噛みしめて俺の顔をじっと見詰めてた。俺も雪男を見てるから当然視線はがっちり合うわけで。なんで、言いかけた言葉を飲み込んで雪男へと手を伸ばした俺の行動の意味は自分でも分かんなかったけど。でもそれ以上に雪男に触りたくて、雪男を感じたくて仕方なかった。


「ゆき、お」

 俺の声はお前に届いてるか、そう聞いたところできっと雪男は俺に返事をしねえとは思うけど。なあ雪男、俺を嫌いだって言いながら、なんでお前はそんなに辛そうな顔してんだよ、おい雪男。


「ゆき、」

 伸ばした手はいとも簡単に叩かれて、たったそれだけの事になんで俺はこんなに泣きそうになってんだ。なあ雪男、なんとか言えよ、なあ。



「兄さん、」

 俺の手を叩いたくせに、自分はそうやって伸ばしてくるんだな。触れよ、なあ触ってくれよ。願ったそれは雪男に届いたのか、そんなこと俺には分からねえ。雪男が俺に手を伸ばしかけて、それを止めたのが分かった時は出すつもりの無かった涙がほっぺたを伝った。



 泣かないで、ってなんだよ。誰が泣かしてると思ってんだ。兄さん、って呼ぶ雪男の顔はさっきと変わらないで泣き出しそうだった。お前が泣かねえから俺が泣いてやってんだよ、仕舞いには呼吸もまともに出来なくなって、えぐえぐ喘ぐ俺の頭にそっと伸ばされた手を逃がさねえように、ぎゅ、っと掴んで雪男に抱きついてやった。今度は叩かれもしなくて、俺を抱き留めた雪男はじっと俺の顔を覗き込んできたのが分かったから俺も挑むように視線を返した。



「兄さんはずるい、」

 何が、言いかけた言葉は音にならなかった。縋るように俺の首元に顔を埋めてきた雪男の背中に腕を回してその身体をぎゅうぎゅうに抱き締める。いつもは俺がされる側だけど、こういう時くらい兄貴面させろよ。いつの間にか涙は止まってて、顔を見せようとしない雪男の頭を撫でれば、ず、と雪男が鼻を啜るのが分かって小さく笑いが洩れた。







ふたり
(泣かしてごめんな、)
(漸く泣きやんだ雪男に笑いかければ)
(それ僕の台詞だからってそっぽ向かれた)

‐End‐
ついったで仲良くして頂いてるナツメさんからネタをお借りして書かせて頂きました。ナツメさんへ捧げます、素敵なネタ提供を有り難うございました。20111023.戻る