- ナノ -

Trick or Treat

「Trick or Treat」 土岐の耳を擽るその音は榊の口から発せられたものである。流暢な英語で告げられたその言葉は今の時期、外国の催し物に耽る者達が頻繁に口に出すものではあるもののまさか目の前の男からその言葉を投げられるとは思ってもいなかった、というのが土岐自身の素直な感想だった。 「あんたに乗っかられとって菓子なん渡せるわけあらへんけど、榊君自分が今何しとるか分かっとる?」 投げた問いに応えは無い。音として返される言葉の代わりか、土岐の身体へと跨る榊は結合部を僅かに締め付けてみせ、その際に眉間を寄せる土岐の表情を視界に収める事で満足したかのように唇を舐めるのであった。 小さく息を詰める音はどちらのものか。土岐の胸元は浴衣の袷が乱され、晒された肌には榊の両手のひらが己の身体を支えるべく着かれている。土岐の見上げる先にいる榊の姿は申し訳程度に肩へと羽織られた浴衣のみ、当然自分と同じ客室備え付けのそれは普段土岐が好んで身につける着流しの生地とは明らかに差があり、妙な庶民感と共にそれを着て行為に及ぶという常とは異なる状況に興奮を煽られるのが感じられるのであった。 「……っ、ン」 「なぁ」 「……あッ、……や、っ」 問いかけの単語と共に土岐が突き上げた腰により榊の身体が大きく強張りを見せる。同時に漏れた高い声は普段の榊であれば隠そうと唇を噛みしめてまで耐える類のそれであった。 「と、き」 「……んー、どないしてん榊君」 「ンっ、……ぁ! ……はげ、し…きみ、」 紡がれる二文字は間違いなく土岐の名を示すものではあったが、それに対して返すのはこの場の雰囲気とは似つかないゆったりとした返答である。対して、徐ろに伸ばした手を榊の腰へとあてがえば土岐は相手の身体を強く引き寄せると同時に腰を浮かせ突き上げたのだった。榊の漏らす音は意味を持たないものとなる。普段は余裕ばかりを見せて周囲の人間の面倒を見ている榊が、肌を晒した状態で己の上で乱れているという現状に酷く興奮を覚える事を知りながら、土岐は腰へとやった手を滑らせ相手の腕を取ればその身体を自らの胸元へと誘い込むのであった。 「んっ、」 「……は、ぁ……なんや、今日の榊君はえっちぃ、なぁ」 「……ぁ、…ん、……い、やかい、こんな俺は」 「まさか」 土岐の肩口へと鼻先を埋める榊からの問いには順次とでもいえる僅差で言葉を返す。土岐の返答に穏やかに吐息で笑う榊はそのままゆっくりと腰を引き上げた後、土岐の傍らへと身体を沈ませると互いに横向きで相手の顔を見つめる態勢となった。 「菓子なんかいらないから、君をくれ」 「……ふ、さっきたらふくあげたんやけどなぁ……まだ足りないん?」 「あぁ、足りないね」 吐息が触れ合う距離での会話は音が紡がれる度に互いの間の空気が触れた唇へと溶けていく。何度も触れては離れ、触れては離れを繰り返しながらもぽつりぽつりと他愛もない会話を続けていくことがこの上なく心地よく感じられ互いに笑みを浮かべればどちらかともなく、相手の指先へと己のそれを絡めていたらしい。 「ほな、あげる」 「……ふ、いただきます」 土岐が短く告げた言葉は榊からの言葉に上書きされる。互いに体温を求めるさかのように寄せた身体からは自分のものと同じ石鹸の香りがするのであった。
デイズ4にて配布のペーパーおまけSS。 掲載20151115(執筆20151031)