- ナノ -

懐く


「ちょっとー、響也さん一人で柏餅食べ過ぎだってばー」 ガキ二人が言い争う声を聞き流し差し出された紅茶へと手を伸ばす。暫く味わい、もう一杯と空のカップを芹沢へと手渡した途端先程まで響いていた声は俺へと向けられた。 「千秋さんってばどうして柏餅に紅茶なの、ぜーったいお茶の方が美味しいですよー」 背中越しに抱き着かれそう言われれば俺の眉間には皺が寄っていたようで。千秋、と楽しそうな声色で蓬生に指摘される。 「……水嶋、俺はお前の抱き枕じゃねえ」 首に回された腕を解き、茶菓子を口に運ぶ手前にそう言えば些か納得がいかないかのようにむくれて元居た場所へと戻っていった。 「千秋、別に嫌とちゃうんやったら良えやんか。もうちょい優しくしたらんと逃げられてまうよ」 手に持つカップへと視線を向けたまま言う蓬生。決して咎めている訳ではなくてあくまでも客観的な視点から見ての感想だろうと勝手に納得をする。 「ちーあーき、さんっ」 それから数分後に再度名前を呼ばれて振り向けば、口へと宛てがわれた柏餅。犯人は、水嶋。そのままにしておく訳にもいかず、それを口内に放り込み舌鼓を打つ。まあ、悪くはねぇ味だ。 「ね、美味しいでしょー。で、仕上げはコレっ」 そんな台詞と共に差し出された茶碗を手に取れば漸く満足したのか満面の笑みで俺が口を付けるのを待っている。仕方なしと茶碗から数口茶を啜る。 「えへ、やっぱり美味しい物は好きな人と一緒だともーっと美味しくなるでしょっ」 まるで仔犬か何かの耳でも見えるのではないかと思う程、懐いてくるこいつはいつの間にか俺の隣へと腰掛けいくつ目かとも分からない柏餅へと手を伸ばしていた。 (あ、千秋さんあんこ着いてますよー) (……水嶋) (えへ、ごちそーさまでしたっ) (……ったく、) ‐End‐ 20100508.