吐露
漂う意識は一向にもとに戻る気配がない。ぼんやりとした視界のもと、甲斐甲斐しくおれのシートベルトを締める嶺二の腕だけが窺えた。ふらつく頭に不快感はない、幸いにも嘔吐感もなく気持ちよくアルコールに浸かっている気分だ。
「らんらーん、生きてる?」
「ん」
「久しぶりにたっくさん飲んでたねえ、ぼくちんノンアルだったから羨ましくて羨ましくて」
ぽんぽん、と信号で車が止まった拍子に髪を撫でられるのがわかる。いつもなら鬱陶しく払うその手の感触も今日に限っては心地がいい。おれが何も抵抗しないのを嶺二は瞳を細めて笑った、気がする。一向に意識は漂ったままだから確かなことは言えないけれど。
「さっきランランを連れ帰るときね、ぼくがランランを支えて連れ出したの覚えてる?」
「…おー」
「奥さんみたいですね黒崎さんのー、って皆が言っててさあ。ぼくちんランランの旦那さん希望だから若妻ランランをお嫁さんに迎えますー、って宣言しといた」
「…ふ、突っ込まれてるくせに旦那かよ」
「あー、またそうやってえっちなこと言うんだー」
れいちゃん拗ねちゃうぞ、と。いつもなら頬を膨らませて言うだろうその台詞も今夜の嶺二は至極落ち着いた声音で、穏やかな笑みをたたえながら歌うように言葉を紡ぐだけだった。嶺二のこういった面が素直に大人だなと感じる。場の空気を読んで、相手の望む雰囲気を作り出せる才能。それは決して無理をしているわけでもなく、嶺二本人も心から楽しんでの行動で。いつだっておれの前を歩いて先を見ている嶺二の姿が素直に眩しいと感じ始めたのはいつからだったか。
「でもでも、黒崎嶺二って字面かっくいーなあってね」
「…れーじ」
「ふふん、れいちゃん婿入り?婿入りしちゃう?」
「れーじ」
不意に顔へと影がかかる。どうしたのランラン、と。へにゃりと頬を緩めて笑う嶺二と、フロントガラス越しに見える信号の赤。
「おまえってかっこいいな」
「へ、」
ぽそり、と伝えたい言葉だけを口にしていよいよ重くなってきた瞼に逆らうことはせずに目を瞑る。最後に見た嶺二は、ばかみたいに眉を下げていて、そうしてやっぱり手を伸ばしておれの頬を撫でてみせた。
「ぼくがかっこいいのはね、周りの皆やファンのガール達、それに蘭丸がいるからだよ。ありがと」
おやすみ、ランラン。嶺二のその言葉を最後に車内はしん、と静まり返る。特別なにかを口にする気にはなれなくて、誘われるままに意識を手離す直前。シートに投げた右手に触れるのは嶺二の熱そのものだった。
‐End‐
20131122.