- ナノ -

ふれる、ふれられる




 いまの自分の体勢を考えるとそれこそ顔を両手で覆ってしまいたくなるほどには羞恥を感じている。といってもそれは叶うこと無く、両の手のひらは力なくベッドシーツを握っているだけだ。身体の表面に指が走らされる度に指先に情けなくも引きつるように一瞬力が込められる。でもそれもほんの一瞬のことで、あとはもう意味のないほどに添えられるだけとなった指先がシーツの上に散っているだけだった。

「ね、ぼくの胸気持ちいいでしょ」
「…や、め」
「止めないよ、ランランにも一緒に気持ちよくなってもらいたいもん」

 言葉こそ柔らかいものなのにそれを伝える語調は有無を言わさぬ強さが潜んでいる。こういう場になってしまうとどうしたって自分は今こうして背後から胸を押し付ける形で身体を寄せてくる女、嶺の言葉に逆らうことができなくなる。常ならばそれこそ誰がどう見たって自分のほうが嶺よりも言葉使いがきつく、そして優位に立てるというのに。それはやはり嶺による自身の年齢と業界での経験上奴よりも年下である自分のプライドを挫けさせないようにとの配慮からなされるものなんだと、すんなりとは認めたくない事実が突きつけられる。けれどもそれもベッドの上では異なるらしい。いつの間にか嶺とシーツを共有するようになって、そしてそのことに気付いたのはもう随分と昔のことのように感じられるから不思議だ。

「れ、い」
「んん、なあにランラン」

 自分は下着のみを身に付けた格好でベッドの上、嶺に抱えられているというのに当の主犯である嶺はゆったりとした肩口のひろいシャツを身に付けている。下半身こそ下着一枚だけれども、上半分はしっかりと衣服に覆われている。自分の姿を下目に確認せずともその対称的な格好に目眩すら感じるのは直ぐ傍からかおる嶺が好んでつける香水のせいか。ブラジャーのホック越しに感じる嶺の胸は自分のそれよりも豊かだった。張りは己の方が上だけれど、それでも奴が持つたわわといった表現が似合うそこに勝る揉み応えはないだろうと思う。嶺はよく「ランランのおっぱい好きだなあ」なんてことを言いながら口付けを送るけど、それでもやはり自分は嶺の胸の感触が好きだしそれに劣る自分の胸に対しては何の敗北感も感じないのだから女としてのプライドはないのかと諭されるはめになるのだろうか。

「ね、ランランっていっつもいい匂いするね。でも」
「でも、」
「一緒にお風呂に入ったときとか、ぼくのうちに泊まりに来たときは同じ石鹸のにおいがするの、それがねほんとに興奮する」

 首筋に唇を触れさせながらのその言葉に肌が粟立つ。それは嶺の指が散々腰を撫で回すせいもあったし、徐々に上へと上がってくるその指先が胸の膨らみ部分、ハーフカップの上に盛り上がる肌の部分を撫で始めたせいもあった。嶺の唇が音を紡ぐ度に首筋の薄い皮膚が揺れるのをぼんやりと感じながらたった今伝えられた嶺の言葉を反復する。同じにおいに興奮する、とは。そんなこと、自分だけだと思っていたのに今こうして言われてしまえばこの熱く熱を持った耳がバレるのも時間の問題だと思う。だって仕方ないだろう、自分は嶺がまとう香水のにおいよりも、なによりも嶺の体臭と混ざった石鹸のかおりが好きなのだ。普段は飄々としていて誰にも素を晒さない嶺が、自分と同じ石鹸のかおりがするときだけはその仮面が少し、ほんの少し剥がれているときなのだから。全部を知りたいなんて重いことは願わない、けれども少しだけ、そう思ってしまっていることもきっと嶺にはバレているのだろう。

「ふふ、だんだん温かくなってきた。ランランの真っ白な肌がね、ぼくの手でピンクになっていくのが好きなんだよねえ」
「…そこ、やめろ」
「だーめ」

 おれの言葉だけの拒絶など意に関せずといった様子で嶺の指先はブラの下、隠されている突起へと触れる。指がカップのなかへと差し込まれて、そうして一度目の接触。幸いにもそこはまだ立ち上がっていなくてブラの繊維に押しつぶされているだけだったけれど、それが嶺の指によって熱くさせられるのも時間の問題なのだと今までの経験が語る。嶺はいつも指先から手のひら全体をブラの下に潜らせておれの胸全体を揉みしだく。胸の側面から掬い上げるように四本の指が触れる。残った親指は遊ばれたまま、それが乳首に触れることは滅多にない。今だってそうだ、焦らすように胸を掬いあげられて時折、嶺の人差し指の側面がそこを掠めるだけだ。「ずらすよ」と、もう何度も言われたその言葉にいつだって思うのは「ワイヤーが歪まなければいい」ということだ。嶺はホックを外すことなくブラをずらして弄ることが好きらしい。それは日によって上にだったり、下にだったりと様々だ。どうやら今日は上にずらす日らしい。背中のホックは留められたまま、上へとずらされたカップは不自然に歪んでいるのが分かる、カップに視界を遮られて自分からはそこを弄られる光景が窺えない。それは時に有り難く、時に余計な羞恥心を煽るものだったからおれの心はいつだって騒がしく波立つはめになる、それがどうにも悔しかった。

「まだ立ってはいないねえ、ふふ。ランランのここ、ほんとにかわいい」
「やめ、っ」

 耳元に唇を寄せながら喋る嶺のせいで奴の吐息がダイレクトに鼓膜へと届く。ふるふると震える肩はもうとっくに気付かれている。ぺたりと内股になってベッドに座る嶺の足の間、何故かやっぱり自分ばかりが開脚の姿勢を取らされて事に及ぶこの状況にカラコンを外した目には膜が張っていた。
 ブラが上へとずらされることで胸本体はワイヤーによって下方向へと圧される。乳首の少し上辺り、乳輪にかかるかかからないかの辺りを圧迫されてしまえば胸自体はパンパンに張るし、そして乳首は立ち上がってもいないのに上を向く。視界に入らないぶん嶺の手の動きだけに変に意識が持っていかれて。乳輪の外側を人差し指でくるくるとなぞられる際は決して中心には触ってこないのが本当に腹立たしい。触られることで自然と荒くなる呼吸と、内腿を擦り合わせたくなる感覚にはいつまで経っても慣れることはないだろう。嶺はきっと自分のこういった仕草さえ初々しくて可愛いと言うだろうけども、それでも自分だって早くこの行為に余裕を見出さるようになりたいと願ってはいる。それが叶う目処は今のところ立っていないのがなんとも悔しい話なのだけれども。

「こっちも触る?」
「あ、……ぅ」

 嶺の胸が背中へとぎゅうぎゅうに押し付けられる。きっと服がなければその温かさを感じられるはずなのに、今嶺と自分との間を隔てる布二枚の存在が本当に鬱陶しいと思える程には奴の熱に飢えている自分がいた。自分一人で熱くなっているのは癪で、シーツに添えるだけになっていた手を後ろ手に回して嶺の晒されている膝頭へと伸ばす。ぴく、と反応した身体が嬉しくて唇は上を向いた。

「ちょっとお、ぼくにも触っちゃう?」
「おれだ、けじゃ癪…だからな」

 いつの間にかおれの唇には嶺の指が這わされていた。「ふふ、強気だねえランランは」そう言って差し入れられる指先に舌を絡ませて素直に食んでやると一瞬の空白の後に唇からは指が抜け、嶺の腕が前に回ったと思えばきつく抱きすくめられる。どうした、なんて首だけで振り返って肩に顔を埋める嶺に囁いてやっても奴は何の返答も寄越さずにしきりに首を振るだけだった。


「あ、濡れてる」
「…言うな、ばか」

 行為が再開されて、嶺の指先はおれが身につけるパンツの股布の部分を往復する。脚を閉じることはもう諦めていて、せめて嶺が動きやすいようにと左右に広げたM字の形を取れば嶺が嬉しそうに「蘭はいい子だね」そう囁くのが分かった。耳元に囁きかけられる際に耳腔へと舌を伸ばされる。ぢゅぷ、と唾液の音がモロに響いて思わず下唇を噛み締めた。
 ちょうど割れ目の部分へと何度も往復を繰り返す嶺の爪の先は綺麗に整えられている。仕事柄爪を飾っていても可笑しくないはずなのに、嶺がおれに触れる時はいつだって丸く整えられているその指に愛しさが募ってしまうのは間違ってはいないと思う。
 人差し指の爪の先から、中指の腹へと使用する指が交代する。粘着質な水気で色を濃くしたパンツの上、尻の方から前へと撫で上げる嶺の指使いは卑猥だ。一旦上へと登ってから再度尻の方へと指を移動させて、そうしてまた上へと撫で上げる。そんな周りくどい道順をしなくても素直に上へ下へと往復させればいいと願ってしまうのは嶺の漏らす吐息が首に当たるせいにしておく。次第に動きを早くした指使いに内腿の筋肉が震えるのが分かる。

「あ、…ほら見てランラン」
「…うぁ、や…め、」
「糸、引いてるね」

 嶺の人差し指が器用に動いてパンツをずらす。股の布が厚い部分の淵に指先を引っ掛けて、それから局部を晒すように布をずらす。人差し指はパンツを固定したまま、伸ばされた中指はしとどに濡れたそこを擦るように触れる。唇から漏れる声はもうとっくに力を失って高い嬌声へと変わっていた。脚の爪先が引きつってシーツを引っ掻いて。それでも嶺の指が止まることはない。まるでハンドクリームだとかそういった軟膏を掬い取っているのではないかと錯覚する指使いで濡れた性器に触れる嶺の吐息も熱い。鼻にかかった声を聞いただけで潤うそこから目を背けたいのに嶺はそれを許すことなくおれへの責めを止めることはしなかった。

「みて、ほら」
「あ、ぅ」

 嶺の中指が一瞬だけ中へと差し込まれる。けれどもその指は直ぐに出て行って、そうして掬い上げた液体をこれ見よがしに眼前へと晒す。視界の隅、押し上げられたブラが映る中、嶺の人差し指と中指が捏ねるように擦り合わされたあとに僅かに引き離されて。指の腹と腹の間を繋ぐ糸に今度こそ頬へは、かあ、と熱が篭った。

「もう、や…だぁ」
「らんらーん、泣かないで」

 それからはもう羞恥に耐え切れなくて決壊した涙腺が狂ったように涙を流した。嶺は慌てておれの身体を抱き締めたけれど中途半端に熱を持たされた局部が焦れったくて腰が震えたのが悔しくて堪らない。「ほら、ランラン。ちゅーしよ?」こちらの気を窺うように控えめに言われたその提案に腹が立ったから身体を反転させて、そうして嶺の膝へと跨ってやれば急に動き出したおれに嶺はきょとんと丸くて大きな瞳を瞬かせたのが見て取れた。

「いっぱい、しろ……じゃなきゃ続きしねえから」
「…もう、ほんと君ってば……かわいい、好きだよ。ねえ、ほんとに好き。君の全部をぼくだけの物にしたい」

 向き直って、嶺の首に両腕を絡ませてから唇が触れる距離でそう呟く。驚いたように口をはくはくと開閉させる嶺が面白くて、その身体を離さないようにと嶺の腰に触れる太腿へと力を込めて抱きついた。おれが膝に跨ることでだいぶ下の位置にきた嶺の顔を上へと固定してからキスを強請る。今日一度目のキスはやっぱり鼻先を同じ石鹸のかおりが擽ったなかでのことだった。



‐End‐
20131122.