- ナノ -

酔っ払い




「きす、する」
「ちょ、っとらんら、ん」

 ダメか、なんて首を傾げられたらぼくのなけなしの理性は粉々になってしまうじゃないか。ぼくの葛藤を他所にランランはソファに座るぼくの膝を跨ぐ形で身体を寄せてくる、これじゃあまるで、対面座位だ。そんな下世話な考えを首を振ってやり過ごしながらちらりと、足元へと視線を残す。床に散らばった空き缶はひいふうみい、なんとびっくりその数は15を有に超えていた。とろとろと蕩けきったストロベリーをたたえたランランはさっきからしきりにぼくの頬へと顔を擦り寄せてくる。熱い、それは本当に熱いランランのほっぺたと、ぼくの比較的落ち着いた体温を伴う頬が触れることが気持ちいいのか。ランランは焦れったげにぼくの上で腰を揺らして見せるのだからいい加減にして欲しい。
 ランランに飲ませすぎたと気付いたのは今からもう30分も前のこと。水を飲ませてアルコール分を中和させようにも酔いの回ったランランはそれを拒む。いやいやと首を振ってぼくの差し出した水を飲もうとしなかったランランが何を思ったのかぼくの膝へと乗り上げてきたのは、そう今から20分前。それからはもう普段のストイックさのかけらも見えないとっろとろの黒崎蘭丸がそこにいた。しきりにキスを強請って、ぼくがそれをしないとなると口寂しいのか、ふに、と自らの唇を撫でて見せる。そんなあざとさを一体どこで覚えてきたのか、そう訊きたいのは山々だけれど。この酔っぱらいにそれを訊いたところで徒労に終わるのは目に見えている。

「ちゅーしろよ、なあ」

 拙い口調で伝えられるそれはわざとなのか。ねえランラン、ぼくが彼の肩を掴んで揺すりはしなかった事実を褒めて欲しいくらいだ。まあそんなことをしようものなら揺さぶられることで更にアルコールは回るだろうし、もしかすると吐き気を催してしまうかもしれない。それは流石に可哀相だし幸いにも今のランランはいつもよりも甘ったれているだけだからとりあえず嘔吐の心配はないだろうと安堵の吐息を吐いたのだった。

「れーじ」

 ぎゅうと抱きついてくるこの小悪魔をさて一体どうしたものかと頭を悩ませてからもうどのくらいか。いっそ二人で夢のなかにでも、とも思ったもののぼくの方は眠りに落ちるほどには大して酔いが回っていないらしくそれも叶わない。

「らーんまる」
「…っひゃ、ぁン」

 仕方なしにランランの耳元に囁いてやる。意図せずランランの耳元にかかった声は掠れていたからきっとぼく自身にもアルコールが回っていることは確かなのだろう、とは言ってもランランの足元にも及ばないのだけれど。ぼくとしては早く彼をベッドに運んで寝かしつけたい、それだけだったのに、今聞こえた艶めいた嬌声は、なんだ。

「…ゃ、あッ」

 しきりに身体を震わせるランランの姿にまさか、と。ぼくに抱きついてくる身体を無理矢理に離しておそるおそる見た視線の先。灰色のスウェット生地はそこの色だけを濃いものに変えていた。嘘でしょ、ぼくの呆然とした呟きはランランの熱い唇に食べられてしまって音になることはない。もうどうにでもなれ。引っかかっていた理性を投げ捨てて彼の咥内に舌を伸ばす、ひくひくと身体を揺らすランランはすごく、すごく可愛らしかった。もう暫く、少なくともあと一ヶ月はランランと二人で宅飲みをすることを控えよう、そう頭に刻みつけたある日の深夜。



‐End‐
20111105.