- ナノ -

罰ゲーム




「くすぐったいよお」
「だまっとけ」

 男気のかけらもなくしきりに喚く嶺二を一喝してから蘭丸は作業を再開させた。パフに載せたファンデーションは僅かにパールが混ざっているのものだ。それを下地の敷かれた嶺二の頬へとムラの無いようにのせていって、肌の質感を整える。やはりアイドルというのか、吹き出物一つ無い肌は本当に30歳を控えた男のそれだろうか。自分の肌も、別段荒れているといった認識はないがそれにしたって今目の前で瞳を閉じているこの男の肌には首を傾げるほかない。自らをショートスリーパーと称するほどに嶺二の常の睡眠時間は常人のそれよりも遥かに少ない。かといって体調を崩すことはなく仕事に穴を開けたことはないのだから自己管理が行き届いているといえばそれまでなのだろう。しかし蘭丸の心境としては、大の大人が「自分は眠らなくても大丈夫」そう豪語すること自体が理解の範疇を超えている。自分は暇さえあれば睡眠を優先させる蘭丸にとって嶺二のそれはひどく異様に映ったのだ。

「ランラン、もう開けていい?」
「まだ」

 短く答えてからいつの間にか止まっていた手を動かす。唇には既に薬用リップを施し状態は万全に整えられてある。赤、というよりは嶺二の肌色に合うだろうオレンジに近い色をメイクボックスから選び抜いて先の細かい筆を用いて唇の輪郭をなぞる。むず痒いのかしきりに肩を跳ねさせる嶺二の顎を掬って顔を近づける蘭丸に、瞳は閉じているものの雰囲気で何かを感じ取ったのか一際大きく肩をひきつらせた嶺二の頭を軽い力で叩いてやればわざとらしい泣き声が蘭丸の耳をついたのだった。明るいオレンジに彩られた嶺二の唇に満足気に頷いた蘭丸は彼に目を開けるように促す。鏡に映った自身の姿に気恥ずかしげに頬をかく嶺二の指をとって行儀よく膝に載せた蘭丸は次いで、傍らのメイクボックスからアイブロウペンシルを取り出す。手の甲へと色を載せながら慎重に嶺二の毛色と合うブラウン系統の色を探しだす。無事に決まったそれを右手に、左手を嶺二の目元に添えながら懇切丁寧に眉の形を整えていく蘭丸の姿を化粧をされている張本人である嶺二は固唾を飲んで見守っているのだった。

「次、アイメイクな」
「はーい」

 律儀に手を上げて、まるで挙手か何かでもしているかのように返事をする嶺二に蘭丸は喉でくつくつと笑って見せる。そんな蘭丸に釣られるように頬を緩めた嶺二の肩に手をやって姿勢を整えた蘭丸はテーブルに並べられたアイシャドウの中からやはりブラウン系統のそれを選びだして再度瞼を伏せるように嶺二に促すと幅の広がったそこへと筆を走らせていった。薄いブラウンを瞼全体に敷いてからそれよりも濃いブラウンを載せていく。グラデーションを作るように重ねられたそれは嶺二の目元をよりくっきりと目立たせる効果だ。次に蘭丸が手にしたのはリキッドタイプのアイライナーだった。グレーブラックの色を選んで嶺二の目を囲むようにしてより強調させるべく、かつ目尻を僅かに上げて普段の嶺二とは異なるようにややツリ目に位置を調整していく。粘膜との際を丁寧に埋めてから白地のペンシルライナーで下瞼の淵を囲めば次いで取り出すのはビューラーだ。

「目線、ちょい下な」
「はーい」

 短く指示を飛ばしてから睫を挟むようにビューラーでカールさせていく。下睫までそれを続けてからメイクボックスよりマスカラ用下地を手にしてたった今上げたばかりの睫を濡らしていけばその感覚が慣れないのか嶺二は身体を揺らしてそれを訴える。じっとしてろ、身を捩る嶺二の耳元に囁きかけた蘭丸は何事もなかったかのように作業を続けていく。対する嶺二は耳を押さえて、そして視線は指示されたからという理由のみならず下へと向かうのだった。

「ん、できた」

 マスカラを重ねて、最後に頬へとチークを載せる。仕上げとばかりに唇へとたっぷりグロスを載せれば髪や、それまで着ていた衣装はそのまま。しかしメイクだけは女性用のそれを施された嶺二の姿がそこにはあった。

「感想は?」
「ぼくの負けです、本気のランランほんっとずるい」

 降参とばかりに両手を挙げる嶺二にほくそ笑む蘭丸。そんな彼にもう二度と蘭丸とは無謀な勝負はしない、ましてや罰ゲームなんてもうこりごりだ、と。グロスに濡れた唇から悩ましげに吐息を漏らした嶺二であった。



‐End‐
20131102.