- ナノ -

微睡む




 朝目が覚めたときに感じた肌寒さにもう季節は秋に入ったということを改めて感じる。身震いをすると掛け布団のしたで温まっているはずの身体からは体温がどんどん抜け落ちていく気がする。何も身につけていない身体は寒さを訴え始めるとまるでそれしかすることがないとでも言うようにしきりにそれを突きつけてくるから一旦寒いと思ってしまったら最後、それを忘れることは出来ずに再度、起きかけた身体を掛け布団のしたに埋めた。

「…らんらん?」
「…はよ」

 起こすつもりはなかったのに、隣で欠伸混じりにおれの名前を呼ぶ嶺二は焦点が未だに定まらないのかうつろな瞳でおれを見る。まだ早いから寝てろよ、そう言った声は掠れている。昨晩声を出し過ぎたか、思い出した夜の情景に首が熱くなるのを感じるけれどそれは嫌な熱さではない、むしろ、心地良いなんて。そう思ってしまうのが悔しくもあり、でもそれ以上にふわふわとしたあたたかさに包まれるのだから悪くねえな、とも思う。もぞもぞと身体を動かして、おれの方へと向き直る嶺二は寝ぼけているせいか、いつもよりも声音は低音だ。普段のはしゃぎきったそれと違って、こういう朝しか聞くことの出来ない嶺二の低音は耳によく響く。くすぐったい。もっと聞いていたい、そんなことはガラじゃねえし癪だから絶対に言ってはやらないけれど。なんとなく、伝わっている気もするから不思議だ。

「さむい?」
「さむい」

 揺蕩う意識のなか問われたそれにのんびりと返す、そっと窺った壁の時計はまだ短針が4を少し過ぎたところだった、どおりで外の世界が静かなはずだと納得する。目覚めるには、まだ早い。

「らんまる、もうすこし、ねよっか」
「…おー」

 寝起き、というか意識がよくはっきりしていないときの嶺二はよくおれの名前を愛称ではないしっかりとしたそれで呼ぶ。その呼び名には未だに慣れなくて、勿論身体を重ねているときに雄のにおいを漂わせて名を呼ばれることはあるけれど、こういった朝方の、時間の経過がすこぶる遅い空気のなか呼ばれることにはいつまで経っても慣れないし、慣れちまうのも勿体無いと感じる。ああ、らしくねえな、って。微睡みながらもそう思えば、おれの呟きは口に出されていたらしい。互いの頬がぴたりとくっついたまま、小さく小さく紡がれたその言葉。

「ねおきのふわふわならんらん、ぼくすきだなあ」
「そーかよ」

 どっちが寝起きなんだよ、ばか。それは流石に言わなかったけれど。緩みに緩みきった顔でそう言われて、くしゃりと頭を撫でられる。いつだったかベッドで頭を撫でてくる嶺二に撫でる理由を聞いたことがある。おれは女じゃねえぞ、って。そう言ったら、嶺二は今みたいな顔をして、それで言ったんだ。「いつもはちょっぴり遠いランランの髪を撫でられるのはこのときだけの、ぼくだけの特権」って。なんだそれ。ばかだろ。あほだろ。むかつく、頭がその言葉を認識するまでにかかった処理時間だとか、勝手に熱くなった顔とか。全部が全部投げ出したくなるくらいあったかいそれに思わず頭のしたに引いていた嶺二の枕をおもいきり投げつけてやったのを覚えている。

「らんらん?」
「なんだよ」
「んーん、なんでもない」

 揺蕩う。
 微睡む。
 眠い。
 あったかい。
 ごちゃごちゃと考えることもこの空気のなかじゃ無駄な気がしたから。とりあえずもう一眠りをしようと嶺二に背を向けて、それからその胸元に寄りかかってから目を閉じた。抜け落ちていく意識下で、嶺二が何か言っていた気もしたけどそれはもう、記憶に無い。

(誕生日おめでと、蘭丸)


‐End‐
こちらはラブレ8thで配布した無配です。
20131106.