- ナノ -

ヒミツノオヘヤ




「ねえ今どんな気分?」

 ぼくの言葉に男は決して口を開こうとはしなかった。とは言ってもぼくが彼の口に猿ぐつわを嵌めているのだから口を開こうにも漏れるのは呻き声にも似たそれと、あとは轡の端から流れる唾液だけ。両手を椅子の背に回すようにして彼の自由を奪って、左右の脚は椅子の脚に同じように縛り付けてある。大きく開脚させたそこにわざとらしく金属音を響かせながら彼のパンツに閉められたベルトのバックルを外してやればようやく不穏な空気に身体が危険を察ししたのかそれまで眉間に寄っていた皺が幾分か更に深くなる、ただし引きつっている頬が隠せてない辺り、まだまだ彼は青い。

「ねえ、君はどこの組織のもの?ぼくのこと、ずっと見てたよね」
「……っふ、ぐ…ッ」
「あはは、これじゃあ話せないっか。メンゴメンゴー」

 ぼくの軽口にも彼は律儀に表情を険しくさせるから。こんなにも自分の感情に正直な子がスパイだなんて、ちょっぴり信じがたい事実に口の端が釣り上がるのを感じながらジャケットのポケットから小瓶を取り出して見せる。

「これ、なーんだ」
「…ん、…っぅ」

 ほら特別に外してあげる。口元を縛り上げていたタオルを外して、それからぼく自身の顔を覆っていた仮面も一緒に外してから傍らのテーブルへと置く。唾液に濡れたタオルが少し重くて、見れば彼の口元は赤く線を引いていて、あれぼくちんそんなに強く縛ってたっけ、おどけてそう言って見せれば彼は煩わしいとばかりに床にツバを吐くのが見て取れた。ぼくの小瓶を目に留めた彼は僅かにその色の異なる瞳を瞬いて、そして見開いて見せる。スパイならば耐性があるだろうその薬、残念ながら希釈なんてことはしていないから原液をそのまま彼に注ぐことになるだろう。

「自分で飲むのと、飲まされるのどっちがいーい?」
「…っは、薬なんかへでもねぇ」
「だよねえ、まがりなりにもスパイだもんねえ君」

 ならこうしちゃおっと。短く呟くと同時に彼を縛り付けた椅子を脚で思い切り蹴飛ばす。かわいそうなスパイ君は椅子もろとも床に転がって苦い顔をしてみせるから、その表情を見るのがどうにも楽しくて床に転がった彼の傍らにしゃがみこんで小瓶の蓋をゆっくりと捻ってやる。

「これねえ、自白剤と、あとは催淫剤を混ぜたやつ。しかもね、希釈はしてなくて原液なんだよんっ」

 彼の怒りをわざと誘うように明るい口調でそれを告げる。下唇を噛みしめる彼の顎を掴んで、身をよじる彼の口元にその小瓶を近付けてやれば初めて恐怖の色が瞳を占めたのが分かって思わず喉が鳴る。そう、それが見たかったんだよ。だからスパイ君、ぼくを楽しませてね?



-End-
20131019.