- ナノ -

楽屋の一場面






『QUARTET NIGHT様』
 もう大分見慣れた案内を横目にドアを軽くノックして名前を告げてから中から寄越されるはずの返事を待つ。一瞬の間の後に「入って大丈夫だよーん」と間延びした返事が返されて、入りの挨拶をしてから楽屋へと足を踏み入れた。ノックに対していつも応えてくれるのは決まって、今現在俺の真向かいのパイプ椅子に座っている寿さんで、あとはたまに美風さん辺りが返してくれる。もちろん、グループ単位ではなくソロ出演のときは黒埼さんやカミュさんも短く返事を返すこともあるが大抵は寿さんが進んで言葉をかけてくれることが常だった。
 既に衣装へ着替えている四人は思い思いの場所へ腰を下ろしてそれぞれ雑誌を読んだり、音楽を聞いたり、台本を読んだりと別々のことをしていることが多い。そんななか第一声を上げるのはやっぱり最年長ということもあってか寿さんであることが7割で、あとは収録前に空腹を訴える黒埼さんの呟きだったり、甘味を所望するカミュさんの嘆きだったりとそんな感じの楽屋風景だった。今日も今日とて、話を投げかけたのは寿さんで、あとの三人はそれぞれの動作から顔を上げることはせずとも耳だけは傾けているようで相槌が返されるのが聞き取れた。

「ねえねえ、ぼくらの新しいゲーム!企画書見たよね?」
「あの恋愛シュミレーションゲームの事?それなら昨日リンゴから企画書を受け取ったよ」
「おれも、何でかレンの野郎が持ってきた」
「寿、それが何だ」

 寿さんの投げかけた問いに返される返答、どうやら話は先日社長が発表したシャイニング事務所監修、新作のゲームのことらしい。そういえば以前に発売された、この四人の後輩にあたるST☆RISHがメインの前作は脅威の売上を見せたと取締役が零していたのを耳にした。要はシャイニング事務所所属のアイドルたちと恋愛体験ができるといった趣旨のシュミレーションゲームなわけだが、うちの社長は事務所所属のスタッフをランダムに選抜してこのゲームの試作をプレイさせるという変わった趣向の持ち主だった。確かに、世に出す前に社内から感想や批評を得るのは必要だとは思うが、そのプレイ要員というのが女性のスタッフだけに限らず、俺達男連中も選ばれるというのがネックだった。だって考えてもみて欲しい、誰が好き好んでアイドル、しかも男との恋愛を楽しむ?批評を得るなら異性からのほうが断然良いだろうに、社長はそうは考えずに万物いろんな趣向の人間から感想を得たいとの通達だった。とは言えまだ俺自身はそのプレイ要員に選ばれたことはなく、スタッフ業の合間にPSPを片手に飯を食うといった経験はなかったことが救いだったり。

「ほらー、おとやん達がメインだった前の作品ではジャケ写で林檎を持って撮影してたでしょ?それが、ファンの子達の間では“女の子に対する扱い方”って言われてるんだって。そこでっ、ぼくらの場合は林檎じゃあなくて、苺を持つらしいよん。ぼくちん照れちゃうー」
「いちご……撮影終わったら食っていいんだよな」
「ランマル、口元拭って。あとカミュは無言で練乳取り出さないで。それで、レイジは何で照れる必用があるわけ」
「えーだってほら、キャッチフレーズも聞いた?KISSの続きをしようだよ?キスの続きって言ったら、さあ…?」
「嶺二、おまえの分のいちご寄越せよ」
「美風、なら貴様の分は俺が有難く頂戴しよう」
「二人は黙ってて、ウルサイ。レイジ、言ってる意味がよくわからないんだけど」

 そう言って美風さんは小さく首を傾げてみせる。対して寿さんは両手で顔を覆って赤面しているし、あとの二人にいたっては撮影の小道具である苺を争ってにらみ合いをしている。あとで撮影班に苺の数を増やすように言っとかねえと、なんて一人で考えてるうちに話はまだまだ終わる気配がないらしい。

「Aの次はB、ペッティングじゃないの?」
「……アイアイ、それ誰情報?」
「この間ショウが読んでいた雑誌に載ってたよ」
「う、うーん、じゃあそういうことにしよう。うんっ」

 話を要約すれば、きっとさっきから一人で照れていた――今は美風さんを見て苦笑いをしている、寿さんが言いたいのは「キスの次はセックス」だとかそういうことだろう。まあ一応現役アイドルをモデルにしたゲームであるから流石にR18になるわけはないのでそれは有り得ないだろう、ということは黙っておく、聞いていて面白いから。あ、黒埼さんとカミュさんがジャンケンし始めた。

「そういえばさー、ぼくちん達の前作!あれ好評だったみたいだよん」
「あっそ」
「売り上げは良かったみたいだね」
「それが今の話に関係あるのか」
「んー、母ちゃんと姉ちゃんが二人してプレイしたらしくてさ」
「ああ、それならぼくの方も言ってたっけ。レイジのシナリオに苦笑してたよ」
「え、マジで?」
「おれのとこは、あー…妹が、藍のシナリオが良かったって」
「本当?それは良かった、良いデータが得られたよ」
「母ちゃんと姉ちゃんはランランに持ってかれたーってはしゃいでたよんっ。嶺二あんた次いつ黒埼くんを連れてくるの、ってこの間からメールがすごいんだよー?」
「マジか、よし嶺二この収録終わったらおまえんち行くぞ」
「…ランマル、だから食事にありつけるって分かった途端に元気になるの、どうにかならないの?」
「ならねぇ」
「ランランだもんねー、ふふ、なら母ちゃん達に連絡しとくよん」
「よろしく伝えといてくれ」
「りょーかい」
「それで、カミュは?」

 話が四人の前作であるゲームに移った途端、カミュさんの声が聞こえなくなった。と思えばどうやらカミュさんの興味が薄れたようでさっき勢いで取り出した練乳を両手で持て余してはしきりに眺めている。三人の話を聞く限り、互いの身内の話では自分のシナリオが人気なわけではなく、メンバーのうちの誰か、という至極当たり前の感想が得られたらしい。そりゃあそうだろう、誰が好き好んで自分の家族がモデルの恋愛シュミレーションゲームをやりだがるだろうか。とりあえず今聞いた感想はあとで社長に回しておこうと思う。そういえばカミュさんの話が一切出なかったが、同僚の女性スタッフの間ではカミュさんのシナリオ人気が堂々のトップだったと小耳の挟んだ。寿さんはいくらなんでもちょっと暗い、だとか、黒埼さんはちょろ崎さんだったとか、美風さんに至っては泣きすぎて鼻が詰まって耳鼻科通いになったスタッフまで居たらしい。そんな中、カミュさんは恋愛そのものだった、やりごたえがあった、と。なかなか興味深い感想が聞けたと、取締役が唸ってたっけ。

「ミューちゃんはー、あ、ほら後輩ちゃんが一番やってて楽しかったって言ってたよん」
「ハルカが?」
「うんっ」
「真斗も楽しめた、って言ってたぞ」
「え、ひじりんも?」
「カミュ、良かったじゃない。大人気だよ」
「ふん、当然だろう」

 黒埼さんの爆弾発言は華麗にスルーされて話はどんどん進んでいった。話を振られたカミュさんの方も満更ではないらしく練乳を片手にポージングをしている。それからも互いのシナリオについての感想だとか、次の新作に向けての心意気だとか、そういった真面目な話をしていた四人にさりげなく収録が始まる旨を伝えてから楽屋をあとにする。とりあえず今聞いたゲームの感想と、あと楽屋から回収した前の撮影の衣装を届けに事務所に寄らなければ、とこれからの予定についてぼんやりと考えた午後2時43分。



-End-
20130907.