- ナノ -

泥酔




 その日は明らかに酔っていて、ぼくも普段とは違って珍しくお酒に飲まれる形で泥酔しきっていたのだからランランなんてぼくの比ではないくらいには酔いが回っていたんだと思う。しかしながら残念というべきか、幸いにもというべきか、その日の記憶はばっちり残っているわけで。別段人に迷惑をかけただとか、お金を払わずに店を出てきただとかそういうことはしていない。強いていえば、ぼくはランランに、ランランはぼくに色々としでかした、ということだ。


「よった」
「ぼくちんもぉ」
「ごびのばすなバァカ」
「ランランこそ口回ってないけどぉ?」
「うっせー」

 ぼくとランランがMCを務めるバラエティのロケ上がり、今日の収録は特番でSPということもあっていつも以上に身体をはった演出がたくさんあった。本当は直ぐにでもベッドで寝てしまいたいくらいには疲労していたはずなのに身体は日中の興奮を忘れられないのか眠る気配は見ぜずに、正直に癒やし――つまるところ、アルコールを欲していた。どうやらそれはランランも同じようで、結局のところ撮影上がり、二人で一緒に居酒屋へと向かうことになった。「生二つお願いしまーす」ぼくの間延びした注文に、店員さんの同じく間延びした返事が返される。程なくして届いた生の中ジョッキを片手にランランと突き合わせてからはもう歯止めが効かないくらいには注文をした、というかし過ぎた。ランランは並 べられた料理に専念するでなく、珍しく、ぼくには僅かに劣るもののほぼ同じペースでお酒を煽っていた。ぼくはといえば、いつものように料理にはあまり手を付けずにお酒のツマミ程度にお腹に入れて、あとはもうひたすらにビールビール時々梅酒焼酎またビールビールといつもよりもハイペースで飲み干していった。どうしてスピードが早いのか、それは多分今日の収録がいつもよりハードなものだったから。それだけ身体は安らぎを求めていたんだと思う。二軒目、三軒目とハシゴした頃にはぼくもランランも一人で歩くことは困難で、互いの肩に腕を預けながら、二人して相手にもたれかかりながら夜道を歩いている程だったんだからやっぱり相当に酔いは回っていたんだと思う。

「れぇじ」
「なぁに」
「はく」
「へ?」

 言うが早いかランランは運良く扉が開いたままだった駅の多目的トイレにダッシュする。ここが駅で心底良かったと思うくらいにはそのランランの行動は正しかったし、いくら酔っ払いといえど何の介抱もせずにランランをトイレの外で待つというのも寂しいし薄情だと感じたからぼくもランランのあとを追ってトイレへと小走りで駆けていった。可哀想かな、健気にぼくのペースで飲みに付き合ってくれた恋人は駅の構内ならではの汚いトイレの床に膝をついて便器へと先程胃に収めた物を戻していた。とりあえずランランの横にしゃがみこんで、ランランの背中を擦ってやればその背中はランランが吐く度に小刻みに震えていて、なんというか、これも酔ってるからこそと言い訳したいのだけど、加虐心が煽 られた。吐瀉物が便器の底にたまった水面を叩く音と、ランランが嗚咽を漏らす音、そんな非日常的な音に囲まれながらぼくはゆっくりとランランの着ていたシャツの中へと手を差し入れた。

「れ、じ」
「ランランごめん、ぼくがまんできない」
「…て、め」

 一応口で謝りはしたものの差し入れた手のひらを抜くことはしないでランランの胸元を探る。指先に引っかかった乳首に爪を立てて、カリ、と擦ればランランは大きく肩を跳ねさせて見せる。そんな姿がもっと見たくて、ランランの背中を撫でていた左手をボトムの隙間から差し入れる、随分と入りやすいなと注意してみてみるとランランは吐く間際にベルトを緩めたらしい。それはそれで好都合だと、便器に顔を寄せるランランの背後から覆いかぶさるように身体を撫でまわしてみた。不意ににおうのは、吐瀉物独特の酸っぱいようなそれと、トイレ特有のあの臭い。こんな環境下で盛るなんてぼくも大概おかしな奴だと自嘲しながらもランランの肌を這う手を止める気は毛頭なかった。

「っひぃ」
「ランラン、気持ち悪いの忘れるくらい気持ちよくしてあげる」
「っぁ、れぇじ…っ」

 舌でランランの項を舐め上げてからそう口に出す。ランランの身体を愛撫しながら、中から引きずりだした陰茎を扱いて、ぢゅぷぢゅぷと粘着質な音を耳にしつつ片手で手早くボトムをから下半身を露出させる。ランランはといえばもう抵抗するつもりはないのか便器の淵に手を付いてぼくが与える刺激にアイメイクを涙で滲ませながら耐えているようだった。きっと涙は、さっき吐いたこともあっていつもよりも多いんだと思う。綺麗だな、って。汚いトイレの中で、一層そう思えるその雫を舐めてみたいとは思ったけれど体勢的に無茶なのでそれは諦めた。
 さて次は、とランランの後ろを解そうと手を伸ばした刹那襲ってきたそれは、さっきまでランランを悩ませていた吐き気で。ぼくが好き勝手動いたせいかランランが吐き出したもの――もう既に胃液に近いそれは便器から外れて床へと落ちていたけれど、とにかくランランを攻めながら突如襲われた吐き気にぼくはそれまでの動作を止めざるえなくなった。

「れい、じ?」
「らんら、ん」
「…ん」
「ぼくもはきそう」
「…は?」

 口に出してしまえばそれは明確な吐き気となる。ランランは首だけで振り返ってぼくの様子を窺ったと思ったら、ぐい、と不意に身体が上がる。なに、なんて言う暇もなく手を引かれた先は流し台で、そこもまあなんというか黄ばんでいたり、何かの汚れが固まっていたりで綺麗ではなかったのだけど、ランランは流し台の淵に手を置くようにぼくに言うと、ぼくが頷くよりも早く呼吸が乱れて半開きになっていた唇を割り開くように指を差し入れてきた。苦しいやら気持ち悪いやらで目には自然と膜が張る、ランランは指先でぼくの舌腹をなぞったかと思えば思い切り引っ掻いてみせる。喉の奥、舌の付け根から指で圧迫されるのが数秒間、誘われるように胃から吐き出された吐瀉物はほぼ水分で、さっき見た ランランの物よりかは明らかに固形物が少なかった。ぴちゃぴちゃと流しに吐き出されるそれを涙目で見詰めながら鏡越しにランランを窺う。ンだよ、って短く返されたそれは少し掠れている。かくいうぼくも、吐いたせいか、ありがと、の言葉が掠れていたんだけど。

「…帰るか」
「……そうだね、帰って一緒にお風呂はいろ?」
「…おー」
 
 それまでの、セックスをしている、という淫靡な雰囲気から一点。互いに酔いも冷めてきたせいもあって今の状況を冷静な頭で思い返す。辺りを見渡せばそこは当たり前に、駅の薄汚れたトイレで。ランランと顔を見合わせて互いの姿を確認すれば情けなくも二人してボトムから萎えた性器が晒されてて。無言でそれを元通り収めてから、足早にトイレを後にした、深夜2時半過ぎ。



-End-
20130902.