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seduction

 一体何が彼の逆鱗に触れたのか、そんなことを考えた所で蘭丸の機嫌が直ることはないだろうし、たぶんもう意味のなさない行動だろうから考えること自体を放棄する。今目の前で淫靡に腰を振る姿を嶺二はなけなしの理性をもってして眺めてはいるもののおそらく限界は近いだろう。その証拠に張りつめた彼の陰茎は蘭丸の胎内で脈打つように内部の襞を刺激しているのだった。

 事の発端は嶺二が蘭丸の眼前に掲げた一つの小さな小瓶だった。二人の関係は世間で言われる、恋人同士、ということではあるが互いにアイドルであって職業柄、加えて性別のことも考えれば決して公には出来ない。そのことについて別段何かを思う、といった時期は当に過ぎた。自分も、そして蘭丸もそういったことに関してはうるさく言うほど子供ではないからだ。とはいえ、明らかにできない関係性はときたまどうしようもなく寂しさを募らせることもまた確かであって。そんな嶺二に対して蘭丸は上手いこと機嫌をとる――という言い方もどうかとは思うが、といったことは決してしない男であることは嶺二自身もきっと良く理解しているはずだった。
 ではなぜ、今回の原因である小瓶――所謂媚薬と呼ばれるモノを使うに至ったのか。ほろ酔いというのは恐ろしいもので、泥酔に比べると当たり前に意識ははっきりとしている。はっきりとしているからこそ素面では言えないようなこともアルコールの勢いに任せて口に出してしまうものだ。番組の打ち上げを兼ねた飲み会の後、嶺二と蘭丸の二人は嶺二の部屋で飲み直そうと大手ディスカウントストアで食品を見て回っていた。カゴへ雑多に放り込まれる酒の缶とツマミ類、それをぼんやりと眺めていた嶺二は不意に店に入店した際に入口付近へと特設されていたコーナーへと意識を寄せたのだった。ランラン、カゴここに置いとくね。ツマミを好き勝手に放る蘭丸にそう言い残した嶺二は些かふらつく足取りでそのコーナーへと向かっていった。普通ならば、そういったモノは特有のカーテンの向こうにまとめられているものではないだろうか。とはいえ季節は夏、安物の、中途半端に性欲を煽るアダルトグッズが人の目が容易に届く場所へと置いてあっても季節柄特別に煩く言われることはないだろうと結論付ける。こぢんまりと並べられたコーナーの、棚に置かれた手のひらサイズの小さな小瓶。あからさまと言えるほどのショッキングピンクの瓶に紫の蓋があしらわれている。背面には申し訳程度の短文で“シゲキ的な夜をお届け”とあり、下方には「容量は一口まで」と書かれていた。嶺二はその小瓶を手に取れば先程よりも軽快なステップで蘭丸のもとへと戻っていったのだった。

 こういうの使ってみようよ、嶺二の言葉に蘭丸は隠すことなく眉間へとシワを寄せた。おそらくアルコールが入っていなければ拳のひとつでも飛んできただろう。アダルトビデオなどでよく使われるような、蓋を開ける前から甘ったるい香りを散らしているその小瓶と嶺二の顔を交互に見比べた蘭丸に「ぼくだけが君を求めてるみたいだな、って」素面では口にしない小さな悩みを打ち明けたのだった。紡がれたそれに今一度眉間のシワを深くした蘭丸は一度嶺二と視線を合わせた後、嶺二の手から小瓶を奪い取るようにして蓋を開け、その中身の半分ほどを一気に飲み干して見せた。これで満足か、とでも言うように視線は嶺二に当てたまま、唇から漏れた液体を赤い舌先で舐めとる蘭丸の姿にこくり、と嶺二の喉元が上下する。そんな嶺二に瞳を細め笑みを浮かべた蘭丸は嶺二の首へと腕を絡ませ、後頭部を押して自らへと引き寄せて見せる。嶺二が目を見開くとほぼ同時、柔らかな唇の感触と共に咥内へと流れ込む人工的な甘さととろみを兼ね備えた液体に思わず噎せ返りそうになるのを必死にこらえていれば唇は蘭丸のそれとぴたりと重なったまま、呼吸もままならずに半ば無 理矢理に流し込まれたその液体を嚥下する羽目になり嶺二は瞳に膜が張るのを感じたのだった。ぷは、とどちらかともなく唇は離れて。酸素を求めて肩を上下させる嶺二を他所に小瓶に残った残り半分の液体を蘭丸は一気に飲み干して見せる。容量は確か、一口、とあった。それを守らずに、いくら半分ずつと言えど小瓶の中身を全て飲み干すことで一体どんな効果が出るのだろうか。アルコールと、蘭丸に当てられた嶺二は小瓶をちらりと盗み見した後に未だ挑発的な視線を寄越してくる恋人に向けて手を伸ばし抱きしめようとした。

「てめぇは手出すな」

 低い声音で言われたと思った時には既に遅く、蘭丸は伸ばされた嶺二の手を強く引くとバランスを崩したことを良い事に、傍らに投げていた青いネクタイで嶺二の両手を縛りつける。ちょうど手錠で拘束された罪人 か何かのように身体の前方でネクタイによって固定された自らの手と蘭丸の顔を先程の蘭丸同様に見比べる嶺二の瞳には困惑の色が浮かんでいる。その様に満足したかのように舌なめずりをした蘭丸は手早く衣服を脱ぎ捨てると嶺二の下半身だけを外気に晒すかのごとくパンツと下着のみを取り去って見せた。現れた嶺二の陰茎はかろうじて熱を持っておらずその光景に楽しげに笑みを漏らす蘭丸。対して嶺二は蘭丸の肢体を目の前に、そして先程からじりじりと身の内側から燻っている薬による欲求の増大で自身の半身が芯を持つのもきっと直ぐだろうと僅かに項垂れたのだった。衣服を脱ぎ捨てた蘭丸はベッドに腰掛ける嶺二の足元にしゃがみこむと未だ萎えたままの陰茎へと手を伸ばしゆっくりと擦り上げる。徐に顔を寄せて、上下に開いた口でぱくりと陰茎を咥えれば視線は上目で嶺二の瞳を見つめたままに舌先で先端を刺激した。
 ひくり、と震えたのは嶺二の肩か、それとも蘭丸のむき出しになった陰茎か。床に膝をつき、まるで女がするようなやや内股ぎみに尻をついた形で嶺二の陰茎を口に咥えて刺激を与える蘭丸は竿に舌を這わし丁寧に舐め上げていく。一度口を離し、睾丸へと唇を寄せて薄い肉で食むように口付ければ間近に見える嶺二の内腿がひくひくと粟立っているのが視界に映り、蘭丸は一人楽しげに口許へは笑みを浮かべて見せた。両手を縛られ、相手にされるがままの嶺二は薬の効果もあって蘭丸の咥内で着実に質量を増していく半身に溜め息すら溢したくなった。実際に口から漏れるのは与えられる快感から逃げるかのような短い呻き声と、隠しきれない嬌声であるのだけれど。ぢゅぽぢゅぽ、とそれこそアダルトビデオで女優が出すようなそんな唾液と先走りとが混ざり合って絡みつきながら、蘭丸の口から出たり入ったりを繰り返す自身の陰茎から目を離そうにも、じっと己を見つめる蘭丸の視線からは逃れることが出来ずに、それにともなって視界の端にちらつく行為に今度こそ嶺二は頭を抱えたくなった。そんなのどこで覚えてきたの、掠れる声音で告げるも、ぢゅる、と先端を吸い上げる蘭丸は答える気が無いのか嶺二のその問いには答えを寄越さずにひたすらに滲み出る先走りを啜り上げていくのだった。

「乗るぞ」

 短く告げられたその言葉と共に嶺二の視界には影がかかる。あ、と思った時にはもう嶺二の陰茎は蘭丸の後孔へと飲み込まれた後だった。常だったらスキンを嵌めているのに、今日に限ってはそれは存在しないらしく薄い皮膜越しとは異なりダイレクトに感じる蘭丸の熱に目眩すら感じる嶺二であるが、そんな彼を綺麗に並んだ真っ白な歯を僅かに覗かせながら笑みを浮かべた蘭丸は徐に二人が繋がっている結合部へと後ろ手に指を這わす。片手を嶺二の腹に付いて身体を支えた蘭丸は、もう片方の指先を結合部から覗く屹立した嶺二の陰茎へと伸ばすと、つう、と人差し指と中指とで挟むようにして撫で上げて見せた。その仕草に、思わず喉を反らして快感に耐える嶺二を見て楽しげにくつくつと喉を鳴らす蘭丸の芯を持った 陰茎はひくひくと嶺二と蘭丸の腹の間で揺れている、ぷつりぷつりと溢れ出る先走りに、嶺二が劣情を煽られるのはもう何度目だろうか。

「らんら、ん、も、むり、て……といて、」
「やだ」

 嶺二の懇願はにべもなく却下される。やだ、と短く二文字で返されて、おまけに腰を軽く揺するように動かされてしまえば上り詰めてくる射精感に歯を食いしばる羽目になる。おれより先にイったら仕置な、と。嶺二の上半身に身体を寄せるようにして耳元へと囁かれたその言葉に大きく肩を揺らした嶺二は蘭丸が再度上体を上げて嶺二の上で腰を振る様を唇を噛み締めながら見つめるしかなかった。
 出る、と思った時には既に蘭丸の脈打つ胎内には嶺二の精液が注がれた後であった。ぎゅっと眉間を寄せて欲を吐き出した嶺二に、胎内に溢れる精液の熱さに内部をきゅうきゅうに締め付ける蘭丸はその感覚を楽しむかのように、嶺二の精液を搾り取るかのように腰を上下させて見せる。もう、むり、そう小さく呟いた嶺二に蘭丸が告げた一言。

「ザマアミロ」

 その言葉を最後にただ無心で腰を振る蘭丸に、吐精したばかりの嶺二は全身が敏感になりただただ耐えるしか無い。伏せられた睫毛が汗を伝える様が綺麗だと、普段からずっと感じていた感想を抱きながらもそれを口にすることは叶わない。すき、なんてとても伝えられない。漏れ出る嬌声を抑えるように下唇を噛み締める嶺二に、蘭丸は一度身体を倒して口付ける。ちゅく、と水音こそ結合部から発せられるそれと似ているが今その音を出しているのは互いの唇である。交わされる唾液に、甘ったるいと感じるのはそれが蘭丸のものだからか、それとも薬によって得られたものか。
 出すぞ、と。唇を離した蘭丸が掠れた声で告げる、しかし腹に温かなものが滴る感触は、ない。とろり、とろり。頬、瞼、髪に絡みつく白濁に顔へと精液をかけられたことに気付いた嶺二はぱくぱくと口を動かして舌先に触れる青苦さにその事実を再度実感する。

「っは、これで満足か」

 唾液と精液とに濡れた嶺二の唇を舐めるように舌を這わした蘭丸に、唇が触れる距離でそう言われてしまえば嶺二はただ一言、「参りました」と告げるしか道は無かったのだった。



-End-
20130813.