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 二人組のうち片方は酷く酔っているようで意識だけじゃなく足元も覚束ないのか、連れの茶髪の肩へもたれ掛かるようにしていた。しゃいませー。深夜も深夜、午後2時を少し回ったときにやって来たその二人組のうち一人は茶髪に黒縁の眼鏡、もう片方は深くキャップを被った長身の男だった。おそらく意識がはっきりしていないのだろう、口を利くことなく茶髪の肩にもたれている長身の背中をあやすように撫でた茶髪にマイクが二本とデンモクが一代、おしぼりを二本と伝票が入ったカゴを手渡せば「ありがとねん」と妙に軽やかな調子で礼を言われた。今の時間を考えればフリータイムの終了時間、つまりは閉店時間までは三時間近く余裕がある。おそらく酔った連れの介抱がてらカラオケで一休み、ということだろう。幸いにも今夜の客はこの二人組だけだったから空いている部屋の掃除をさっさと済ましてカウンターでのんびりするか、とついさっきまでは考えていた。考えていたはずなのに、一体どうして俺は今各部屋に備え付けられた監視カメラの映像を食い入るように見ているんだろうか。


 様子がおかしい、と感じたのは例の二人が部屋に入ってから20分経ったか経たないかの時間だった。うちの店は巷ではある意味有名なヤり場で、繁華街から外れた場所にあるせいか知る人ぞ知る穴場といった雰囲気の店だ。オーナーは道楽で営業しているのか、もしくは他の店舗にかかりきりなせいか、滅多に来店しない上に店のことに関しちゃ無関心。職場の先輩らも適当にのんびり過ごせりゃそれでいいようでチェーン店のような厳しいルールは存在せずに、仕事さえ覚えればあとは丸々一晩一人きりの接客というのが珍しくなかった。一応は持ち込み禁止のチェックを兼ねて取り付けられている監視カメラは機種が古いせいが画質も荒く、その場かぎりで録画はするものの映像を保存することはしないで基本録ったビデオに翌日は重ね撮りする、というように何もかもが適当で緩いバイト先だった。バイトの何人かはカメラすらチェックするのが億劫で電源を落としたりもするほどに、うちの職場はあらゆる面でその場の人間に判断が任されるある意味珍しいくらいに個人主義の店だった。俺はといえば、これは悪趣味かもしれないが他人のセックスを覗き見ることが苦ではなかったからシフトの日は決まって視界の端に監視カメラの映像がちらつくように電源を落とすことはしていなかった。
 カラオケでセックス、なんてどこの安いAVだ、と鼻で笑いたくもなるだろう。でも意外と、このバイトを初めてから知ったことではあったがカラオケルームでセックスをするカップル、もしくはカップルらしき連中はたしかに存在した。ここ最近は週四のシフト中、週に一度は必ずカップルのセックス現場に遭遇するほどだった。今日も、どうやらその条件に当てはまるらしい。

 端的に言ってしまえばどうやらさっきの二人組がおっ始めたようだった。泥酔していた片方はキャップが脱げて端正な顔をカメラに晒している、とはいえ連れの茶髪も眼鏡を取ったようで女受けしそうな甘い顔立ちをした男だと判別できた。そういえばさっき受付を済ました茶髪をどこかで見た、と感じたのはどうやら気のせいではなかったらしい。カメラの画像が荒いから確証は持てない、がこの二人はおそらく、今世間が騒いでいるアイドルだ。華々しくデビューをかざった四人組アイドルユニットのうち二人、名前はそう、たしか寿嶺二と黒崎蘭丸だったはず。今をトキメク現役アイドルが、しかも男同士。夢でも見ているのかと試しに頬をつねっては見たものの熱を持ちながら痛みが広がったからこれはまさしく現実だった。

「部屋は汚すなよー、頼むから」

 思わず口をついて出た俺の嘆きはフロントに虚しく響き渡る。傍らから灰皿を引き寄せて、ディスプレイの前で頬杖をつきながら事の次第を眺めているのが俺だったことをこのアイドルさんたちは感謝すべきだと思う。悲しいかな、これもまた悪趣味だと言われるかもしれないが俺はこの二人同様に――いやこの二人は単なる性欲処理に互いを付き合わせているだけかもしれないが、とにもかくにもゲイである俺にとってカメラ越しに淫靡に絡まる二人の姿は良いオカズ、というのが適当だった。別にバイト中に抜かなきゃならないほどに溜まってもいなければ相手に不自由しているわけでもない、とりあえずこの二人の映像は脳裏に焼き付けて後々の美味しいオカズになってもらおうと決めた次第だった。
 監視カメラには音声は録音されないためにきっと部屋で響いているだろう長身――たぶん、黒崎の方があげる喘ぎ声を聞くことは叶わない。それを残念に思いながら、一本目の煙草を吸いきって灰皿へと押し付ける。酔っていると勃起しないというのは体質によって異なるのか、茶髪の方――おそらく寿、に尻を弄られながらも寿の身体越しに微かに窺える黒崎の陰茎は黒崎が身体を震わせるのと同じように淫らに揺れていた。局部こそ寿の背中が盾となって見えはしないが、酸素を求めるように口をはくはくと開ける黒崎の姿はテレビで見るのとはギャップが有りすぎた。確かにバラエティなんかではそれなりに仲の良い二人だったようにも思えるがまさかセックスをする仲だとは誰が考えるだろうか。きっと二人とも、相当に酔っているはずだ。受付をした際の寿はそこまで酷いようには思えなかったが、身体を動かす分アルコールは回るだろう。でなきゃ誰が、こんな不用心に顔を晒しながら事に及ぶのか。

 ジジ、と音を立てて短くなっていく煙草を片手にディスプレイを眺めている午前3時ちょい過ぎ。閉店まで、あと二時間。



‐End‐
20130731.