- ナノ -

ゆでたまご




 突然だけど、先に言い訳をしておこうと思う。そうでもしなきゃ今目の前に広がるこの惨状があいつの目についたときオレはいったいどんな小言を言われるのだろうかと脳のキャパシティが足りなくなるだろう。とは言っても惨状、とまではいかないかもしれないよくよく眺めてみれば。いや、うん、やっぱり惨状だった。なにが、と首を傾げられてしまえばそれまでかもしれないけれど。とりあえず、室内にひろがる悪臭をどうにかするべきだろうと思い直してキッチンの窓をあけようとしたらカチャリ、と。今だけは本当に聞きたくなかったその音を響かせて玄関の扉が開くのが分かった。「帰ったぞ」なんて、お前はいったいどこの奥ゆかしき老人なんだよ、と言いたいくらいには畏まった帰宅を知らせるそれに思わず項垂れる。だってそうだろう、人が後片付けをしようとした矢先に帰宅するだなんてこれじゃあまるで怒られたいです、怒ってくださいとでも言っているようじゃないか。未だにキッチンに漂う焦げ臭い臭いを鼻腔におさめながら咳を一つ。どうかこの状況が少しでもマシな結末をむかえますようにと誰に祈るわけでもないけれど思わずそう口にしそうになった。

「神宮寺」
「なんだい聖川」
「何をした、貴様は」

 ほらごらん。どうした、じゃあなく、何をした。聖川はオレに何かあったのかと疑問を問うわけでもなく、もはやオレが何かをしたということが決定的だと言わんばかりの台詞を寄越す。まあ実際に何かをしでかしたのは間違いなくオレなのだから今更うるさく反抗する気持ちなんかまったくといっていいほど皆無だった。

「焦げ臭い……料理をしていたのか?」
「ああ、ちょっとしたトラブルが起こっただけさ」

 辺りへと視線を走らせた聖川はオレの顔をじっと凝視する。別に逃げるわけでもないけれど、なんとなく従順に視線を交わせるのは癪だったから視線は聖川の向こう。壁にかかった時計へと固定しておいた。もう一度、今度はなぜか諭すような声音で先程と同じ質問が投げ掛けられたのが分かればもう無視はしていられない。ぽそり、と。存外に小さくなった自分自身の言葉に思わず舌打ちを溢してから再度捲し立てるような声音でたった今我が身に起こったことを説明すれば。

「神宮寺、まずはレンジ回りを片付けるぞ。そのあとは床を綺麗に拭え、一欠片も残さずに落ちて散ったものたちを拭き取ることを忘れるな」
「ストップ、まずはってどういうことか説明をお願いしたいね」
「貴様の認識を叩き直してやろう、俺直々に、だ」

 そう言って口の端を歪に歪ませて笑う聖川にたまらず背中には悪寒が走る。すると言ったことを破らない聖川だから、きっとこのあとの作業は夜まで続くだろう。はあ、と。唇から漏れる溜め息の意味。せっかくのオフが台無しだよ、なけなしのプライドを用いて返したそれは聖川が鼻で笑うようにして一蹴したせいでオレの気持ちはしょんぼりするばかり。
 聖川のばか、卵は電子レンジで温めちゃダメだなんてオレは聞いたことなかったんだからな。



‐End‐
20130726.