- ナノ -

吐瀉




 視界に広がる、真っ白な肌が熱で上気した様。振り乱れる銀髪。項から首筋を伝って背骨を撫でていく汗。ときおり覗く赤い痕。それと、下目に映る漆黒の景色とちらほらと窺える人影。「あ、見つかっちゃうね」ぼくがそれを呟く度に締め付けられる胎内の熱さにふるりと腰が震えるのが分かった。

 あの後、ぼくからキーを受け取ったミューちゃんはアイアイを連れて早々に海をあとにした。何故ぼくらが残されたかなんて今となってはどうでもいいことだけど、強いて理由をあげるのなら二人とも明日がオフだった、ということだと思う。未だに顔色がよろしくないランランを連れて近場の、所詮ラブホと呼ばれるそこに入る。一応、理性ははっきりしていると抵抗のごとく“休憩”を選んで空いていた一室のパネルを叩いてルームキーを手に入れた。
 着ていた服は互いにびしょ濡れ。どうせ洗濯をするのだから、と半ば開き直ってからベッドに腰掛けて俯くランランの手を引いて風呂場へと向かう。服は着たままに、体調のせいか普段よりも意思が弱い瞳をしたランランをバスチェアへと座らせて、ぼくはその前へ立て膝をついて正面から向かい合うと何を言うこともなく右手の人差し指と中指とを薄く開いたランランの唇へと捩じ込ませた。ぅぐ、だとか。そんなくぐもった声を漏らしてぼくを見るランラン。そんな彼を落ち着かせるように一度笑みを返してから差し入れた指先でランランの舌腹をおもいきり強く押し潰す。舌の根本を爪先で掻いて、ランランの口の中で指を好き勝手に動かしていれば何度か身体をひくつかせたランランは嗚咽を交えて吐瀉物を吐き出した。びちゃ、びちゃ。タイルを叩くその音を聞きながら指を引き抜くことはせずに刺激を続ければそれに助けられるようにランランは吐くのを止めなかった。
 気付けばランランの両腕がぼくの二の腕を強く握りしめていて。まるで手すり代わりのような、ただ掴まられただけだというのにぼくの心は落ち着きがない。もう出すものもないだろう、って。何度か掻き出す行為を続けた後にそう判断して。ランランの口から指先を引き抜いてから吐瀉物に濡れたそこを舐めとる。美味しいわけがない、それはきっとランランも分かっているみたいでぼくのその様子を、涙で滲んだアイラインが引かれた目を見開いた後にこっちにも伝わるくらいには大きく舌打ちを漏らした。

「あ、…も…や、めっ」
「ランランちゃんと見なきゃ、みんながランランのエッチな姿を見たいって」

 ぼくの言葉にあからさまに思えるほどに後ろがきつく締められる。カーテンの引かれていない、窓際で。ぺたりと掌をつかせて体勢を安定させて、ずるずるずる、汗で滑る掌に構うこともしないで背後から強く突き上げればぼくの動きに連動するようにランランの身体も跳ねる。下目に見える、深夜の路上。時間が時間だから誰かが通るだなんて確率的には少ない。けれども0とは言えない。そんな路上を見下ろしながらのセックスは妙な解放感が得られた。

「ふふ、さっき行ったうみ、…あっ、ちに見えるよ」
「あー…っ、あ……んぅ、れ、じ」

 窓ガラスに身体を押し付けて。窓と性器が擦れることも快感を生むらしくさっきからランランの身体は震えてばかり。先走りが窓を汚す様は肩口からしか覗けないけれど。背中を伝う汗を舌で舐め上げながら、右手を伸ばしてランランの唇へと当てがえば素直に指先を食む感触。促されるままに指先で再度舌腹を刺激しながら空いた片方の手では乳首を摘む。指の腹でころころと転がしてから押し潰す。転がして押し潰して。何度かその行為を続けていればその間ランランは嗚咽を漏らしながら口の端から唾液を伝わした。
 突き上げを早くして、ぎりぎりまで引き抜いたそれを一気に差し入れる。びくりと跳ね上がる肩口に噛み痕を残したり、顎に手をやって無理矢理にキスをしたり。好き勝手にランランの身体を堪能しながらも窓の景色についてたまに実況をする。そうすればもはや調教でもされたのかってくらいに従順に、ランランはぼくをきつく締め付けるから。


 そもそも、マジックミラーだから外から部屋の中を窺うことは不可能、なんだけどさ。



‐End‐
20130620.