- ナノ -

secret――1




 雨が降っていた。

 朝方に、嶺二が「お昼には帰ってくるからね」と言った声が聞こえた気がした。それが何時のことかは覚えていなくて、ただその言葉を聞いた直後に眠気に負けて二度寝をきめた。目覚めた今は、午前11時18分。寝室の壁にかかった時計がその時刻を告げていて、カーテンの閉まった室内は昼だというのに薄暗くて窓の外からはきっと土砂降りだろう雨音が響いた。室内は湿気か、あるいは昨日の名残か。たぶん湿気のせいだと決めつけながら、肌に張り付く空気を鬱陶しく思う。下着だけを身に付けた状態でベッドから這い出ればそこは夜の情景を思い出すには十分なほど、シーツは乱れているしローションの空ボトルとコンドームとがアルミ製の円筒の形をしたゴミ箱へと無造作に投げ込まれているのが目に入った。ひたり、素足に感じるフローリングの冷たさはこのジメった空気を一瞬忘れさせるほどには肌に心地よく寝転がってみたいとの欲求すら生む。流石に肌に纏う空気がそれを許さずに、じっとりとかいた寝汗を流すのが先だろうと風呂場へと向かった。

 脱衣所で下着を脱ごうと洗濯機を開けて洗濯槽を覗き込めばそこには昨晩脱いだままの服が二人ぶん、小さく山を作っていた。おそらく今のおれと同じように下着一枚のまま寝室を出てシャワーを浴びたらしい嶺二の、脱いだまま放置された下着が、スイッチが押されることなく積まれたままの服の一番上に無造作に置かれているのが分かった。洗濯機くらい回してから出てけよ、誰に言うでもなく小さく呟いてから中の山を均そうと手を伸ばす。つい、と指先に触れた布地はあいつの趣味なのか派手なピンク色をしたボクサータイプのそれ。初めてこれを目にしたときは思わず眉間へとシワを寄せた記憶がある、25にもなったいい歳こいた男が好む色じゃねえだろうって溜め息と共に吐き捨てたような気がする。

 派手な色をしたその下着が妙に視界の端へとちらついて。均すために伸ばした指先でそれを摘まみ上げれば梅雨故の湿気か、それとも夜の名残か僅かに湿っているようにも感じる。鼻先をつく、未洗濯の洗い物独特のにおい。あいつがこれを脱いだのが何時かなんて知りもしねえけど、つい先程まで身に付けていたことが“確か”なその布切れに言い様のない感覚が下腹部を刺激するのが分かって舌打ちをひとつ。そんな筈はないのに、剥き出しの太股には舌でなぞられたかのような滑りを含んだ感触が伝う。それが汗なのか、それとも昨晩の記憶から抜き取った情景なのかは判別がつかなくて。気付けば震える手で、その派手な色をした下着を鼻先へと押し付けていた。



20130618.